私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
page top
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
一部であれば全体ではない。一部であれば神でない。
この間の春分の日に、ある神事のために、
メンバー7人で、諏訪湖に石の玉を納めてきました。
その記事を、kunikoさんとユカリさんがアップしています。

すごい面白いです。
もし興味があるかたは、ぜひ見てみて下さい♪

kunikoさん「ガブリエルの導き」
■諏訪早春譜 その1 ~序章~■


ユカリさん「ホシノシロ☆ガーデン」
■武田と諏訪クエスト1~ムカデさま登場■


私なぞ、へーそうだったのかと、はじめて知ることばかり。
自分、本当に参加してたのでしょうか?
今更ながら疑問です~!(@_@;)

とにかく、私は、ついて歩いて、
遠足気分を満喫しただけでした。(^_^;)

私もブログに書こうかと思いましたが、
二人があまりにもすごいので、書かない方がいいかもしれません。

にしても、やっぱり、感じる人の世界は面白すなぁ!


そういや、ユカリさんには、大きな龍のハヤシくんが付いているそうで。

そのハヤシくんに、私が納めた玉の意味を読んでもらったら、
「エネルギーを清流みたいに軽くする。」作用がある石だったそうな。

今回、持ち主と納める石とは、本質的にリンクしてるようなので、
私が軽いという事になるのですが…。

それはつまり、神事も遠足になってしまうほど、
あほだった なにも考えてないって事なのかもしれません。

本当はそう言いたかったのかしら、ハヤシく~ん!


~・~・~・~


さて、黒斎さんの講演です。

「あなたは神なんですよ、っていうと、
『ああ、分かります、神の一部なんですよね』ってよく言われます。
でも、それも違っていて、神全体そのものなんです。

黒斎さんが何度も話していて、でも理解できなかった言葉。

今回、話を聞いて、ああこういう事かな?と思いまして。

それは、一部と意識している限り、一部にすぎないって事。

けれど、神(ソース、ワンネス)は全体だ。

「神=全体」なら「神の一部」という事自体、あり得ないのかも。
全体=一部、とは言えないように。

つまり、自分は神の一部だと信じるなら、
人間です、と思うのと、全く同じなのかもしれない…。


じゃあ、「全体である」というのは、どういう事だろう?
そして、神(全体)である私とは、どういうことなんだろう??




「自分というものは、何か?」
そう話し始めた黒斎さん。

「まず感じられるものは、意識です。
存在しているという感じ。
そして肉体、それに伴う五感。

それと、五感を使って蓄えた知識が、
私と私以外がある、と思わせます。

自我は、カテゴライズや、意味づけが好きで、
なんでも区切ってしまいます。

だから、私と私以外がある、と思う。

自分と自分以外の壁って考えたありますか?
どっかからが自分で、どっからが自分じゃないか。」


と、ここで、
おもむろにペットボトルの水を、飲み始めた黒斎さん。


「知識では、これは水って呼ばれます。

水ってカテゴリー的に生命ではないですよね。

でも…。
今、飲んだ分って、水ですか、僕ですか?

人体の70%は水ですが、
体の中で、どこからがぼくで、どこから水かって区切れますか?

きっとこの後もこれ、飲むんですけど、
だとしたら、この水、今から僕でいいじゃないですか?

会場、爆!

「自分の内側と外側を隔てている壁ってなんですか?
よく考えると、その壁は存在しないってことに気づきます。

これっていう、区切りを決めていただけなんだ。
そのエリアを広げてゆけば、飲む前のこの水も、黒斎でいいじゃないか?



さて、このペットボトルを蓋を開けたまま、ほうっておけば、
水が無くなるのが分かります。

でも、水が無くなっても、存在が消えた訳ではない。

これが僕らが死ねないっていう事。



僕たちは、体を自分って思っていたし、
命が何かも、分からなかった為、死ぬと思っていた。

たいていの人は、命の事をよく考えた事がない。
だから、何となく肉体の中に、命というものが入っていると思う。

そして、死とは、命が肉体から抜け出ることだと考える。

つまり、肉体という自分が命を失う。
肉体に自分という主導があると思っている。

inochi1.gif


でも違うんです。

体が命を失うのではなくて、命が肉体を失うんです。

つまり、死ねないんです。

僕たちは、肉体を失っても、意識が存在しているという感覚は残る。

さらに。
命って言うのは、一人に対して、一つ入っていると思っている。
一つの命が肉体を失ったら、新しい肉体を持って生まれる、みたいな。

それは間違い。
「ぼくが居る」って感じている意識は、皆さんと同じ。
質が、とか、似てるとかじゃなく、まったくの同一のもの。


一つの肉体に、一つ、命が入っているんじゃない、
でっかい命の中に無数の体が入っている。

inichi2.gif
注:Pちゃんずとか花とかクリスタルは、黒斎さんは描いてないです、あたりまえだけど、汗

僕があなたで、あなたが僕で。
自分と、他人とは同一のものだと分かる。

それが理解できると、意識が変わる。

意識が変わると、世界(人間関係)が変わる。」


関係性が変わる…。
その話から、人間関係の話に移っていきました。



「どうしても好きになれない、嫌いな人がいます。
どうしたら好きになれますか?
という質問を、よくされます。

嫌いな人を好きになるのは無理です。
嫌いな人がいるという時点で、アウトです。
なぜなら、僕たちは意味を、先に優先させるからです。

つまり『嫌いな人が居る』がそのまま、創造に出るのです。

その人のドラマの中で、嫌いな人の、嫌な所を見つけ出そうとします。

だから、嫌いな人を好きになる方法はない。

好きになる方法は、どうするかというと、
『好きになってください』なんです。」



じつはこれも、黒斎さんから、何回か聞いていて、
よく分からないと思っていた話でした。

じゃあ、好きになれないし、
どうしようも無いから諦めろって事??
って思ってました。

でも、たぶん違う。

自分と他人とは同一のものと、分かった時点で、
「嫌いな人」がドラマの配役にすぎないと分かる。

つまり、自分が信じていたものと、
真のリアリティーに、距離があることが分かる。

そう気づけば、無理に好きになろう、嫌いになろうなんてしなくていい。

だって、それはバーチャルなドラマだと見抜けたから。

そして、それも楽しむためのものだったと分かるから。

ようはドラマと分かってしまった時点では、
゛配役:嫌いな人゛ には振り回されなくなる。
(嫌いな人どころか、あらゆる出来事さえも)

振り回されないなら、好きになる必要もないが、
逆に、嫌いな人という配役のままにする必要もない。

もう、どっちでも良くなるんだ。

だから、無理に「~になろう、~すべき」なんてする事さえなくなって、
もっと、気楽に生きられるのかもしれませんね。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL

© よっし~のできるかな?. all rights reserved.
Page top
FC2 BLOG
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。