私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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朽ちるものを土台にすれば…
ごめんなさい~、忙しくて、なかなか更新できずにいました~。(´_`;ゞ

猫が歩いているのを見ると、
つい鳴きまねをしてしまう、よっし~です、みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

しかし、あれですね…。

猫はどうして、人間が鳴きまねしてる事に、気付けないんでしょうか?
「他の猫はどこどこっ?」と探しまくる様子が、おばかちゃん可愛いです。

一方、犬にこれをやると、
すぐに見抜いて、怪しいやつ!と吠えてきます。

この両者の違いは不思議です~、ほんと!
皆さんも、興味があったら、試してみて下さい♪

(よっし~は、変態じゃありませんよ~、人目を忍んでやってるし。
…って言い訳にならないな、汗)



さて、読者の方から、情報をいただきました。
有難うございます。(^_^)

この方は、フルフィルメント瞑想の伝授を受けているそうです。

そして、フルフィルメント瞑想教師が書いたブログを読み、
大きなショックを受けられたそうです。
そして、現実に引き戻されたとありました。

その教師の方は、今は辞められたそうなので、
元教師さんと呼ばせていただきます。



ブログで、元教師さんは、こういう趣旨の告白されていました。

誰でも悟れるなんて嘘をついていた、ごめんなさい、スピ界は汚い。
悟ってないものが瞑想を教えるなんておかしい、と。

具体的にどんな事があったかまでは書かれていないので、
何に傷ついたとか、どう騙されたまでは分からないけれど…。

精神世界に裏切られたし、裏切る側でもあった、という内容の文章でした。



この元フルフィルメント瞑想教師さんの、
周りを思う気持ちは素晴らしいです。
また、そこから出た辞めるという決断も尊いと思います。

どのような行為であれ、思いやりや愛情から出たものは素晴らしいと思います。

「どのような行為であれ…」と、なぜ書いたかというと、
物事や行為自体は、すべて中立だからです。

良いとも悪いとも言えない。

つまり、フルフィルメント瞑想はもちろん、スピ業界というものでさえ、
それ自体に「良し、悪し」がある訳でない、ということです。

悟ってるか否かでさえ、善悪があるわけではないのと同様です。



さて…。
以前、私は、精神世界の真偽を、
やっきになって見極めようとしていた時がありました。

結局、それは出来ない、と気付いて今はあきらめましたが。(;´◇`)アチャー

そんな葛藤ばかりしていた、昔のことです。

その時、精神世界の情報は、今ほど氾濫していませんでした。

ネットも当然なく、
書店のジャンルにも「精神世界」は、無かったと思います。

そのころ「理性のゆらぎ」や「アガスティアの葉」という本が
ベストセラーになりました。

両書とも、東大出の学者である、青山圭秀氏が書いた本です。

それには、サイババの超能力は本物であるということや、
数千年前に書かれた文書「アガスティアの葉」に、
現在の自分の運命が載っていたという、驚愕の事実が書かれていました。

まだ、オウム事件が発覚する前でしたので、
高学歴の人も精神世界に傾倒して、理性を無くす事がある、という印象を
世間は持っていませんでした。

だから、高学歴の人が超能力や超自然を肯定したことに、
驚愕と、強い説得力があったのです。

こんな学者さんが言うなら、正しいに違いない!

世間が思ったのと同様、私もそう考えました。

もちろん「運命が何千年も前から、決まってるなんて、変だし嫌だなぁ」と思いまし
たけど…。

で、しばらくして…。

あれっと思ったのは、後に
「アガスティアの葉の秘密」をいう本を読んでからです。

これは、別のお二方の共著です。
「アガスティアの葉」を読んで、感銘を受けた二人が、
喜び勇んで、自分たちの「アガスティアの葉」を探しにいきます。

しかし、分かったのは、「アガスティアの葉」は、
単にインドのビジネスにすぎず、
占星術を使った巧妙な騙しにすぎなかったということ…。

著者の一人は占星術師で、もう一人も精神世界の知識のある人。

信じて行ったのに、結果として騙されていたことが次々と分かり、
失望する様子に、反論の余地のない説得力がありました。

それはもう、青山氏なんて、たやすくすっとぶ説得力。

もう、なにを信じていいのか分からなくなり…
とはいえ、青山氏に代わり「アガスティアの葉の秘密」を信じている訳です…。(^_^;)


その後。

ある時「アガスティアの葉の秘密」の著者の一人のウェブページを、覗いてみました。

そしたら、その方のページの掲示板が、とても荒れていました。
本とはまったく別件の事で、でしたが。(^_^;)


また、ある時の話です…。

実在の霊能者をモデルにした、あるマンガがありました。
面白いし、能力もあるし、かっこいいし、
人格的にも信頼できると思っていた霊能者。

その人物が、自身のウェブページを開くことになりました。
初めは絶賛とともに迎え入れていた、ファンの人たち。

しかし、しばらくすると、その霊能者の書きこみから、
どうも皆が思っていた人物像でないことが分かりはじめます。

読者は、しだいに霊能者を叩くようになり、
結局、ページは閉じられるはめになりました。



何が言いたいかというと、それらを見て、
なんとなく裏切られた、という感覚が私の中に出てきたのです。

騙されてもいないのに!

つまり、私が、彼らを勝手に美化し、
人格者であるべき、というレッテルを張っていたのです。

勝手に思い込み、そうでなかったから、失望していただけなのです。

そういうことを幾度か繰り返して、
やっと、外部の人物やメソッドに、過度に頼ることを、やめられたのだと思います。

たぶん、誰もが通る道なのだと思います、スピ系に限らず…ね。



人物、もしくは、メソッドやスキルに、
完璧を求めていれば、失望する時が必ず来ます。

なぜなら、全ては諸行無常、
全て変化し、始まったものは終わってしまうからです。

「完璧とは、頂点を極めること(キープ、静止状態)」と私たちは考えます。

だとすれば、その完璧さは、想像上のものであって、現実にはあり得ません。
なぜなら、全ては移り変わるからです。

宗教であれ、メソッドであれ、人間であれ、変化する。

だから、それらに完璧さを見出しても、
それらは、ずっと同じ状態を、保ち続けはしません。

ならば、ある時、良かったからといって、
なぜ以後もずっと、しがみつかなくてはいけないのか?

次の瞬間には、悪くなっているのかもしれないのに?



この元教師さんはなぜ、失望したのでしょう?

精神世界、もしくはFF瞑想を、
揺るぎのない正しいものとし、それを生きる土台をしたからです。

崩れ落ちるものの上に立てば、
いつかは、自分も一緒に崩れる時がくるでしょう。

それは、自分の外にあるものを神と崇めたてた結果です。

それは悪いことではなく「土台にするものが間違っているよ」という、悟しでもあります。



さらにもう一つ、思ったのですが。

なぜ悟っていない人が、瞑想を教えてはいけないのでしょう?

ていうか、そもそも、悟りって何でしょう?

悟りを求めている私がいうのも、変ですが、
悟りの定義自体、まったく人それぞれで、一貫していません。

神、悟り、真理といった、目に見えないものは、
本当に、人の数だけ定義がある気がします…(^_^;)

その定義を、はっきりさせた上で、
「悟っていないと瞑想を教えてはいけない」という思い込みをなぜ持っているか、見抜くことは大事です。

それにより、自分にどのような欲望、信念が、隠されているかを、
見極めることが出来るからです。

これは、今ある信念「悟ったものが瞑想を教えるべき」を、
「悟らない者も教えるべき」という、別の信念と置き換えろ、という事ではありません。

それでは、盲目的に従うという意味で、全く同じです。

どうしてそのような信念があるのか?
そして、それを持ち続ける事は、自分の幸福に繋がるのか?
それを探る、地道な検証作業です。

それをすることで、無意識を意識化し、
不要な信念を、やっと捨てることができるのです。



もし私が、悟ったものが瞑想を教えるべきと思っていたら、
やはり、失望したと思います。

FF瞑想教師の中に、阿部さんに嫉妬している人がいたため、
教師は人格者でないことは、たやすく想像できたからです。

また、瞑想創始者のボブさんについても、
私はあまり興味がないこともあって、悟っているかは知りません。

しかし、噂だけ聞いても、
やはり彼は彼で、人生のドラマがあるようです。
やっぱり人間だなぁ、という感じです。



さて、なぜ、私は伝授を受けたのでしょう。

それはやはり、黒斎さんが推すものに興味があったからです。

ただ、単にやりたかったのです。
やらないままだったら、どんなものなのかと考え続けてしまうからです。

もし「これが正しいからやる。幸福になるからやる」という理由でやったとしたら、
「正しくなくなった、幸福にならなかった」とき、恨みや失望が出るでしょう。

そして、それは、いつか必ずきます。



しかし、喜び、好奇心から出た行動は、
それがのちに、間違いだったと気付いたとしても、
恨み、失望には結び付きません。

なぜなら、行動自体が目的だからです。

間違っていたら、いたらでいいじゃないですか。(^_^)
笑ってさよならを言えばいいだけの事です。

それが出来ず、別れるさい、恨みや苦痛が残るとしたら、
自分が、多大すぎる評価や期待をしていた、と気づくサインです。

それを自分自身の礎とし、神のように崇めていたのです。



もし、あることに、強い苦痛があるとして、
それでも今、それにしがみつき、頑張っていたとしたら…。

それは、未来に得れるものを期待しているからです。

将来、得れるという期待があれば、今を捨てることができます。

それ自体は、悪いことではありませんが、
得られなかったときに恨みが出るのは確実です。
騙された、と。

ようは「今」を楽しんで無かった。
「いまここ」を失って、未来や過去にさすらっていた。

もし「いまここ」で全ての人が生きはじめたら、
「未来の悟り」や「未来の幸福」は、失われるでしょう。

しかし「裏切られた、騙された」も無くなるに違いありません。



またも、ミスチルの歌で、恐縮ですが…。

「もっと」
どんな理不尽もコメディに見えてくるまで、
大きいハート持てるといいな
もっと、もっと、もっと


宗教や瞑想、苦痛でさえ、コメディだったと笑い飛ばせる日がきたら…。
きっと、もっと軽くて、
争いのない(自身の中の葛藤を含め)、世界が来るのだと思います。

もっともっと、生きることが軽くなると、いいですね~。
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| | 2013/03/07/Thu 14:13 [編集]
お久しぶりです
数いる霊能者さんも、完璧ではないですよね〜
ついつい、高望みしちゃいます。(^_^;)

そうですね、何があってもコメディだと笑っていられたら幸せですね。
can | URL | 2013/03/11/Mon 01:32 [編集]
Re: お久しぶりです
canさん、お久しぶりです(^_^)
体調の方はいかがですか?
マナさんの花見から、もうすぐ一年ですね、早いものです。(^_^)

> 数いる霊能者さんも、完璧ではないですよね〜
> ついつい、高望みしちゃいます。(^_^;)

canさんのことを一番知っているのは、
canさん自身だってことを、くれぐれも忘れずにね(^_^)
どんなに凄い超能力者やヒーラーだって、
出来るのは、少しのお手伝いだけなんですよ。
canさんが、ご自身にとって、最大のヒーラーだと思いますよ(^_^)



よっし~ | URL | 2013/03/11/Mon 23:25 [編集]
よっしーさん、
おはようございます♪
お出かけ前にちょっと時間があるのでレスさせて下さい。
よっしーさんの過去記事を最近楽しく拝見させて頂いています。
(テレビや本を読むより面白いです^^)

>それは、自分の外にあるものを神と崇めたてた結果です。

なるほど~と思いました。
何かを自分で信じて、それを信じる事を選択したのは
自分なのに、騙された裏切られたとか悲嘆したら
自分でつまらないですよね。
強がりでもいいから「いい勉強になった」とか自分に言って
自分を納得させるか
子ども同士のチャンバラごっこの時みたいに
「やられた~~~っ」と大げさに言って笑い飛ばしたいです(笑
でも信じた宗教や信仰に人生や多額のお金をかけてしまっていたらそう思えないかも。。。
私の場合はかけるお金がないから心配しなくていいかな

アロマ | URL | 2013/05/19/Sun 09:18 [編集]
アロマさんへ
> よっしーさんの過去記事を最近楽しく拝見させて頂いています。
> (テレビや本を読むより面白いです^^)

まじすか〜!!
それはまた奇特な方…、いや、なんて有難いお言葉っ。
アロマさんは、貴重すぎる存在ですっ!

> 何かを自分で信じて、それを信じる事を選択したのは
> 自分なのに、騙された裏切られたとか悲嘆したら
> 自分でつまらないですよね。

私みたいな凡人には、まだ、腑には落とせていないけれど
すべては(神である)自分が創造しているわけですものね。
そう思うと、被害者ぶっている間だけ、損かもですね。(^_^)

でもね、被害者ってポジションって、
誰かのせいにしていられるし、
意外と、心地いいんですよ〜だから捨てづらいんですよね。

自分の中にも、いろんな矛盾を抱えてるから
それが幸せの足を引っ張るんだろうなぁ。
よっし~ | URL | 2013/05/19/Sun 22:20 [編集]

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