私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
page top
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
制限とその中の自由、あるいは狂気
最近、黒斎さんの記事を書いてません~、汗
黒斎さんファンでここを見ている方、すみません~(>_<)

一昨日、月イチ会に行ってきまして、
「なるほど~!!」と思えることがあったので、
また、しばらくしたら書くつもりではいます。
しばしお待ちを…。



さて…。
食品店に勤めていると、色んなお客様から、質問を受けます。

結構多いのは、賞味期限が近い食品は食べられるかとか、
家においてある期限切れ食品は捨てた方がいいのか、とか。

たいていは、
「味や匂いが変でなければ大丈夫ですが、
それでも気になるようなら捨ててください」で納得してくれます。

それでも納得しない人もいて、
これこれこんな味だったけど大丈夫かとか、
ダメになる日付を教えてくれとか、果てしない質問が続くこともあります。

見てもいないものを、そんなに細かく聞かれても…。

「そこにある目や鼻や舌は、飾りか、ええっ?
なぜ自分の舌や鼻や目で試さないんだぁぁ〜!!」
と、
奥歯をつかんでガタガタ言わせたくなります。

…まぁ、人さまの奥歯をつかむなんて、
気色悪い
んで、やりませんが、(^_^;)

私なぞ、賞味期限がすぎてたって、
よっし〜センサーに引っかからない限り(匂いとか味が変じゃない限り)、
何でも美味しく頂いちゃいます。


賞味期限という名のリミット。
それによって制限されたのは、
食品じゃなく私たちの心の方かもしれません。



そういえば…。
問屋さんから聞いて、ビックリした事ですが。

賞味期限の記載が、義務づけられたのって、
わずか20年ほど前なんですって。

もっとずっと昔からだと思ってた〜!!

そしてその当時、そのせいでスーパーや食品店がかなり潰れたそうです。

そりゃ、そーだろーなぁ。

でもさ、昔はなくても、問題にならなかった賞味期限。
賞味期限という、決まりができたとたん、
人って自分の頭では判断できなくなるんですね。

「期限=食べられない」って決まりから、逃れられなくなる。

賞味期限がない時代を長く生きたお年寄りでさえ、
期限に神経質な人がいる所をみると…。

マニュアル主義者、多いかも?

マニュアル主義って、自分で考えたり、工夫したりしなくていい。
だから楽だし、失敗しても自分のせいじゃないんです。

だから、マニュアルという枠は、制限だけど窮屈とは限らない。
枠のなかでは、守られているとさえ思えるんです。


…枠で、思い出しましたが。

昔、絵画セラピーを習っている知人のゲスト(ってか、練習台?)に
呼ばれたことがあったんです。
そのとき、絵を描く画用紙に、
はじめに枠を描かされ、それから絵を描くのです。

枠があると、安心感が出て、
内面のものが描きやすくなるんですって。
だから枠があるのとないのでは、
これから描く絵が、全く変わってしまう。

枠、あなどりがたし!

枠は制限だけど、安心感がある。
決められた枠があれば、自分で考える手間も省ける。


……何かに似てる気がする。


あぁ、宗教とか、かな?

決められた善悪に従っていれば、安心。
逆に、基準がなかったり、違う価値観をもつ人には、不安を感じる。


信心深い海外の人からみると、
日本人みたく、特定の宗教に属さない人は信用しづらいって
聞いた事があります。

善悪の基準を、宗教から学んでないから、良識が無いと疑われる。

でも。
それって、なんだか、賞味期限という枠がなくなったら、
人はみな、腐ったものを食べて食中毒になるって言ってるみたい。

宗教に善を教わらなければ、人は悪に染まる、って事でしょ?

でも、ほんとうに、そうなのでしょうか?

もし、枠がなくなってしまった時、
本当の意味で、自分自身で考え始めはしないでしょうか?


もちろん、自分で考えれば、すべて良くなるとは思いませんが。

だってそれでも、癒えていない心の人は、
自身や他者を傷つけようとするでしょうから。

でも、その傷ついた心だって、
枠によって縛れば、矯正されて良くなるわけでなく…。
そういう人にきっと必要なのは、癒しなのだと思います。

さて、枠には、やりたくない事も行動出来てしまう、
狂気の側面もあると思います。


ミルグラム実験もしくは、
ナチスの隊員の名からとった、アイヒマンテストとして
知られる実験があります。


これは権威者の指示に従う人間の心理を
実験したものです。

実験者の指示のもと、
教師役になるように言われた被験者は、
解答を間違った生徒役に、電気ショックを与えるように言われます。

解答を間違えるたびに、
教師役は、生徒役にあたえる電圧を強くしなくてはいけません。

どれくらいの電圧の強さで(生徒役の苦しみで)
教師役の被験者が、この実験を、自主的に辞めるかみるのが真の狙いです。

どの位の圧力がかかれば、上からの指示を捨てて、
自身の良心に従うのかをみるのが目的。
なので、生徒役もサクラ、つまり役者で、苦しむふりをします。

最大限の電圧では、生徒役は大絶叫や、無反応になるなど、
死を連想させる、真に迫った恐ろしい反応をします。


当初、最大電圧まで上げる被験者は
わずか1.2%だろうと予想されていたこの実験。
結果は、予想を大幅に超えて、
60%の被験者が最大電圧まで上げてしまったそうです。


人殺しは、もちろん誰でも嫌です。
でも、私たちは「実験」という名の枠ぐみさえあれば、
それを行なえてしまう狂気を秘めています。

同じく「神の名の下に」や
「お国のため」という枠さえあれば、
戦争という大がかりな殺人が、なされてしまうように。

でも、それだって、本当の心、自分で考えようとする心は、
きっと嫌なはずなんです。
その小さな心が、本当の「神の心」だと、私は思いたいなぁ。

「わたしのほかに、なにものをも神としてはならない。」 by 神の心
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

よっすぃ~さん、いらしたのね~!
おとといの月イチ、やっぱりいらしたんですね!
な~んかやたらそんな気がして仕方なくて、質問コーナーで『よっし~さん、いらしてたらおしえてくださ~い』と叫ぶ自分を妄想(?)してました。。。ってしょーもないコメでゴメンナサイm(_ _)m
ブログ、ますます素晴らしくて尊敬です!
拍手しまくり | URL | 2012/11/22/Thu 00:09 [編集]
いましたよ〜♪
わははっ、そんな質問したら、
黒斎さんもビックリだね〜(^O^)

私はたいてい、すみっこにいます。
これで分かるわけないか、笑
「感情を味わうと、人類全体のためになるか」っちゅ〜、
ぶっとんだ質問をしてた、かなり危ない人間です。(^_^;)

最後に、異性間の愛について、質問した人の話、
何を言いたいのか意味がわからなくて、謎でした…。
気になるぅ。

よっし〜 | URL | 2012/11/22/Thu 22:36 [編集]

トラックバック
トラックバック URL

© よっし~のできるかな?. all rights reserved.
Page top
FC2 BLOG
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。