私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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全体性を取り戻す ~思いやりと引き寄せ~
いつも拍手してくださる皆さま、有難うございます~!
励みになりますです!m(__)m

えっと、今日は、またも、アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の話をしちゃいます、
ご存知ない方、申し訳ない…。

私、キュゥべえを100%憎めないというか、共感する所すらあります(^_^;)

例えば、好きなシーンは、
キュゥべえが自分の○体を美味しそうに食べるところ…もといっ、
人間が家畜をどのように扱っているかをまどかに諭すところです。

さて、ここからネタばれ…
12話と短いし、ネットでも観れるし、これから観ようと思われる方は、
まだ読まないで下さいね~。



……。



では…。



行きますですよ。



キュゥべえが、少女たちを
自身や宇宙のためのエネルギー源としてしか
見ていないと知ったまどかは、騙されたと悲しみます。

それを聞いたキュゥべえは言います。
「君は家畜にたいして引け目を感じるかい?」と。

そして、人間と家畜の関わりについて、こう言います。
人類と家畜は理想的な共存関係にあると…。

人間が家畜を扱うシーンを見せられて、
「やめてよ!」と叫ぶまどかに、さらに続けます。

「その反応は理不尽だ。この光景を残酷と思うなら、
君には本質がまったく見えていない。」


そしてこう続けます。
「むしろ僕らは、人類が家畜を扱うよりも、
ずっと君たちに譲歩しているよ。
曲がりなりにも君たちを知的生命とみとめた上で、
交渉しているのだから。」

…な、なるほど!汗

徹頭徹尾、冷静で合理的なキュゥべえと、
感情豊かなまどかの違いが浮き彫りになるシーン。

悪意なくあっけらかんと、まどかに死さえ求めるキュゥべえの態度は、
ある種の清々しささえ感じられる、笑。



まぁ、それは置いておいて。
たしかに私たちは、キュゥべえの言うように
「見えていない」事が多い気がします。

いや、見えていないというより見たくないから、見ないのかも…。

例えば、まどかが見るのを嫌がった、家畜への関わり方もそう。
肉や卵がどうやって食卓まで並ぶかは、
ほとんどの人が知りませんし、知りたいとも思いません。

一部の人だけ、「とさつ」という、
重要かつ大変な役割を引き受けて、
殆どの人は、そんな仕事があることすら、
想像もしません (したくないのかも?)。

それは、食肉に限りません。
乳牛などでも、現役で活躍できるのはわずか2〜3年で、
乳量が減ると、すぐに潰されてしまうそうです。
丁寧に飼えば、10年以上も乳をだすのに。

でも、水よりも安い牛乳を求める消費者のニーズに応えるためには、
そうしなければ、生産出来ないのです。

しかし…そんな過酷でストレスいっぱいの牛の乳が、
人間にとって、本当によいものでしょうか?


…とはいえ…。
私が言いたいのは、肉を食べるのが悪い、家畜を飼うな、
ということではありません。
つまり、行動を変えろということではありません。

行動自体には、善悪はないからです。
これは殺す、という行為をとっても同じこと。

殺人を、憎い人に対してする場合、
もしくは、不治の病にかかり、
しかも激痛に耐えかねている人にする場合では、
意味合いがまったく違うことでも分かります。

私が言いたいのは、
行動でなく、その根底にある想いが重要だ、ということです。

簡単に言うと、私たちがもつ飢餓感が、
弱者や動物に苦しみを与えていたのに気づこう
、という事です。


安くて、出来るだけ沢山の牛乳や卵が欲しい。
(そのためなら、牛や鶏が苦しんでもよい)
柔らかい肉が食べたい。
(そのために、生涯一歩も歩かないまま、肉になる牛がいてもいい)
とさつは、怖いから知りたくもない。


本来は、一つのものだという私たち…。
人知れず苦しむ者たちが、私たちに、何の影響も与えない訳がありません。
狂牛病、口蹄疫、鳥インフルエンザなどは、その現れだったと思います。


さて…。


思いやるという行動を起こすと、
自分は思いやれる余裕がある
、という事になります。

飢餓感が薄れる…つまり自分は豊かだ、という意識が生まれます
そして宇宙は、鏡にしかすぎないのだから、豊かな現実が現れる。

これは、引き寄せですよね。

ずっと前ですが、ヴィパッサナー瞑想を習ったとき、
必ず、始めに「慈悲の瞑想」をさせられました。

これは、以下の文章を唱えるか黙読して、皆の幸せを祈る瞑想です。

私が幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとが叶えられますように
私に悟りの光が現れますように

私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願いごとが叶えられますように
私の親しい人々にも悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように

私の嫌いな人々も幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように
私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように

私を嫌っている人々も幸せでありますように
私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように
私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように


瞑想の先生曰く、この瞑想をやるだけでも、
波動が変わって、現実がどんどん良い方向に変わる、と言っていました。

そうなんだろう、と思います。
何かを与えるということは、自分も受け取るということだから。

嫌いな人の幸せを祈るのは、結構キツイですが、
これは結果的に「自分を嫌いな人でさえ、本当は一つなのだ」という事を
思い出す訓練にもなったりするのかも…?


結局、他者を思いやることは、自分の為ということ。

それは、肉を買う時に、
「良い生産者の肉を探したい」という思うだけでも良いのです。
もしくは、とさつする人々や食卓の肉に、感謝するだけでも。

それはきっと「肉を食べない」と同等に尊いはずだから。


思いやりをもつ…それはきっと、
私たちが一つであるという事を思い出す
ということ。
声なきものが幸せに暮らせる世界はたぶん、
人間も幸せだと思うのです。



お勧め映画「いのちの食べかた」
テレビで、稲垣吾郎が「誰もが見てほしい」と勧めていた。
吾郎ちゃん、そんけー。ツタヤとかにもあります。

お勧め本 同名の本「いのちの食べかた」森達也著
子供むけに優しく語られながら、食肉だけに留まらない問題提起が興味深いです。
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ヴィパッサナー冥想ですね~♪何度かスマナサーラ長老の冥想会に行きましたよ(^_-)-☆
親しい人も嫌いな人も命は一つだからみんな一緒なんですって♪
ごりぽん | URL | 2012/11/10/Sat 20:01 [編集]
ごりぽんさん、こんばんは!
スマナサーラ長老の冥想会は、行ったことないですね〜。
飽きっぽい私には、ヴィパッサナーはハードル高い冥想でした、(^_^;)
でも、冥想の前に聞く、仏教の話は面白かったなぁ。
すごくシステマティックで、論理的な教えにびっくりでした。
…が、昔すぎてすっかり忘れてます、あちゃー。
スマナサーラ長老の話もきっと面白いんでしょうね♪
よっし〜 | URL | 2012/11/10/Sat 21:43 [編集]

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