私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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持たない生き方


朝、出勤の支度をしていると、
ミニマミストと呼ばれる人たちの話題が
テレビで取り上げられていました。

なんでも、最小限の物しか持たないライフスタイルだそうです。

物を持たないでいられるって羨ましい、
私にも出来るだろうか、思って見ていたら…。

想像以上に、物が無さすぎで驚いた!

こ、これは出来ない…。Σ( ̄□ ̄;)
なにせ、家の中には家具や物が一つもないんだもの!

服さえ6着くらいしかなく、
それを通年着まわしているそうです。

◼︎驚き!“モノを持たない”暮らし◼︎

本当にすごいです!

時代が変わった、
これこそスピリチュアルな生き方だ、と思いました。

もちろん、ミニマミストたちが、
スピリチュアルに関心があるかは知りませんが…。

しかし、これは、ゆだね(サレンダー)なくしては出来ないことです。
そして、今を生きる生き方でないと。



私たちは、恐れから物を集め続けます。

将来への恐れから、お金を、物を、情報を、
人からの尊敬を…。

たとえば、洋服が好きな人だったら
服を沢山持つのは当たり前でしょう。

しかし、私はそうではありません。
でも、世間が、オシャレで毎日違うものを着なさいというので、
私は、ニーズに合わそうと努力します。(でも、オシャレは出来てないけど…(^_^;) )

だから、要らない人でさえ、
必要以上の服を持つことになるのです。


だって、そうしないと世間に容認してくれないから。
毎日違う服を着、オシャレでないと人から軽蔑されるから…。


世間には、理想の生き方というテンプレートがあります。

しかしそれは、個人としての理想の生き方でありません。
あくまで、資本主義にとって都合よい、
理想の生き方なのです。


お金や物を出来るだけ沢山もち、学歴があり、
容姿は美しく、社会立場がある…。

つまり、経済を支える生き方。

より多くのお金を生み、
多くを消費する
(地球環境に負荷をかける)生き方が
社会から推奨されるのです。


なぜ、推奨されるのでしょう?

それは、多く稼ぐ人がいればいるほど、
トップの人たちが、多く上前をはねられるからです。

そして、多く稼げない人たちへは、
あなたは足りないといって、欠乏感を植えつけます。



もしかしたら、それに真っ向から挑んでいるのが、
ミニマミストではないでしょうか。

余計な物を欲しがらない、世間体にも左右されない、
自分の幸せに基づいて行動している…。


つまり、飢えがないために、コントロールできない。

ということは、コントロールされている社会にとって、
容認しがたい存在です。

おそらく、世間的には風当たりが強いでしょうが、
自分を通せるミニマミストたちは凄いと思います。

このような自分の幸福に忠実な人たちが
増えるといいですね。(^_^)



もう一つ、飢えについて感じたことを書かせて下さい。

ある時のことです。
「やる気が出ない、何もしたくない」と友達に愚痴ったところ、
このような答えが返ってきました。

「でも、それはお金がないからでしょ?
もしお金があれば、もっと色んなセッションやセミナーも行くし、
石も買うでしょ?お金があれば、やる気も出るでしょ?」

それを聞いて、雷に打たれたように感じました。

ああ、そうか!
それが常識なんだ、それが当たり前の考え方なんだ。

物を消費することイコール幸せなんだ!

でも、石を沢山持ったからって何なのでしょう?
それが私を守ってくれるとも?

確かに、そのように作用してくれている部分は
あるのでしょうが…。

でも、肝心の守られた私は、何をすればいい?
今だって、生きる意欲というか、
命を使う方向性が分かってないのに!

セミナーやセッションにしても同じです。
自分の健康状態、精神状態をいくら良くしたとしても、
それが生き方に活用されなければ、無意味です。

もちろん、消費を否定しているのではありません。
私だって、欲しかったら、石も買うしセッションにも行きます。

消費自体は、なんら悪いことではありません。

ただ、生きることのサポートが消費なんです。
消費が、生きる目的にすり替わっては、
元も子もありません。


お金があれば、際限なく消費するだろう、だってそれが幸せだから、
という考え方に違和感を感じます。

そこに、飢えを感じるのです。
そして、その飢えは、他者から植え付けられたものだとも。

(むろん、物を集めることや、
沢山のセッションに行くこと自体に幸せを見出している場合は、話は別です。
欠乏感からでなく、その行為そのものに喜びを感じているからです。
友人の場合は、これに当たるかもしれませんが。)



昔、私はバイキング形式のレストランに行くと、
食べられるだけ、お腹に詰め込んだものです。

払うお金が同じなら、沢山食べないと損だと思ったのです。

でも、ある時、気付いたのです。
無理して詰め込んで、いったい誰が得するんだろうと。

まず、私が多く食べたぶん、レストランは利益率が悪くなります。
そして食べ過ぎは、私の体にもよくありません。
また食べた物も、消化吸収出来ない分が増え、無駄になります。
ということは、食べ物を生産する地球に、より負荷がかかるのです。

みんな、損してた!

でも何故なんだろう?
バイキングとなると、ついつい食べ過ぎてしまうのは。

大半の日本人は、食べ物には飢えていないし、
むしろ、食べ過ぎでダイエットをする人も多いのに?

それはたぶん「あなたは足りない」と教わったからではないでしょうか。
身体は、反対のメッセージを送ってるかもしれないのに…。

必要性のない物欲は、いったい誰得?

人々は、この欠乏感と物欲のために、常に争っている。
結果、だれしも生きることに汲々としている。
そして、過剰な生産活動のために、地球は汚れ続ける…。


だったらその分、
奪う側の人たちが幸せなのかというと、それも違う気がするのです。

だって彼らも飢えているからこそ、下から搾取しているんですから。

そして、お金持ちは、お金を持てば持つほどもっと飢えます。
で、ますます思いやりを無くしてゆく…。

◼︎お金と苦しみ6 ~お金が人を意地悪にする?~◼︎

それは、巨大すぎるパワーを持つと、個人では制御できず、
それに振り回されてしまうからかもしれません。

大金のエネルギーと、利権を貪る組織の意識に、
(組織に属しているはずの)個人が強く支配されてしまう。

それを憑依と言わずして、なんと言いましょう?

そして、もし憑依されているなら、(他人の意識で動かされているなら)
自身の幸せに気づけなくても当然のことです。

かくして、上も下も、
誰も幸せでない社会が出来上がりました!

めでたし、めでたし!!(?)



本日は57位でした♪
応援してくださる皆様、いつも有難うございます\(^o^)/
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