私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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電力と命


黒澤(黒斎)さんのブログをみていたら、
「命(電力)」と書いてあって、
そうだよねー!と嬉しくなったので書きます。


といっても、これは、前から書きたいと思ってて
すっかり忘れていた事なんですが…。


子どものころ、とても影響をうけた漫画に、
ダークグリーンという作品があったんですね。

以前、ダークグリーンについて書いた記事↓
◾︎今だから読んで欲しい!◾︎


今、この漫画を読もうとすれば、電子書籍ぐらいだと思われます。
なので、読む機会も限られているので、
ネタバレしても…いいかしら…?(^_^;)

も、もちろん、これから読む人は、面白さが激減するので、
ここから先は読まないでくださいねー m(_ _)m ヘコヘコ

ではでは…。
いきますよ。


ある日、人類が共通の夢を見はじめました。
それは戦いの夢で、そこで戦いに敗れて死ぬと、
現実でも死んでしまうという恐ろしいもの…。

当然、この夢を人は悪とみなします。



はい、いいですかー。
ここから激しくネタばれします。























では、いきますよー


しかしその夢は、植物の集合意識が、
人類の環境汚染から、
植物自身、そして地球を守るため、
創りあげた精神世界だったのです。

直接的には、人類に働きかける手段を持たない彼ら(植物)が、
ヒトへ精神方面から影響をあたえ、
破滅を回避させようとしていたのでした。

しかし、そうとは知らない人類。
夢の中の敵、ゼルと有利に戦うべく、
戦いに有利な人間を創り出します。

それが、夢の世界で生みだされた人格である主人公。

普通の人のように、肉体があるわけでもなく、
なので現実へ目覚めることも出来ないまま、延々、夢世界で戦い続ける彼。

はじめ、出生の秘密を知らない彼は、
現実に自分の肉体があると信じて、夢から目覚めようと努力します。

けれどやがて、秘密を知って激しく苦悩するのです。

肉体など無く、夢の中で生きつづける精神体としての自分。
人類のため、戦闘マシーンとして創られた自分…。

さらには、この夢世界が出来たのも、
もとはといえば、人類が地球環境を壊したためだということも、
知ってしまいます。

人類の、自らを滅ぼす愚かな行いで、この夢世界が生まれ、
その夢世界から、愚かな人類を救い出すべく戦う自分…。

自分とはいったい何なのか!

答えが出ないまま、ずっと苦しみます。

ある時、やはり彼と同じように
夢の中に居続けていた、不思議な少女が死んでしまいます。

彼にとって唯一、自分の仲間かもしれないと思っていた少女…。

その激しい痛みの中で気づくのです。

人はみんな、本質は同じかもしれない…と。

外側が違うから、反応も行動も性格も違ってみえるのだ、と。

肉体があり、現実社会で幸せに暮らす人間も、
単なる精神体として、夢世界で戦う自分さえも、
結局のところ、同じなんだ!


実は、彼は他人の肉体を借りて、
現実を体験したことがあったのです。

その時、言われたことを思い出します。

「あなた、そんなことも、忘れちゃったの?
懐中電灯もラジカセもストロボも、
卓上掃除機もリモコンも時計も、
同じこの乾電池で動くのよ!」

「でも、違うじゃないか、光ったり、音を出したり、動いたり…。
同じ電池なのに、なぜ違うことが出来るの?

そして、ようやく気づくのです。

滝が、常に違う水であっても、同じ形を保っていられるように。
機械が、別の働きをしていても、同じ電池を使っているように…。

人間だって、
肉体、環境、個性を外してしまえば、
みんなみんな、一緒なのかもしれない、と。



さて…。
カルマとは、この外枠のことなんです。

かつての精神世界や、宗教は、
外枠をなんとかしようと努力するものでした。

外枠(性格、行為)を変えることで、
生きるのを楽にする(徳を積む)という発想です。

それは言わば、カルマを返すために今を消費する、ということ。
そして、その努力でさえも、さらなるカルマを生む可能性があって、
そのカルマ返済のために、また今を消費する…。

このように、物事や外枠に注目する物の見方は、
二元論と呼ばれます。

そして、そうではなく、
真実を観つめることが、一元論なのです。
それは「一つの本質(命、電力)を観る」こと。

奇跡のコースなどは、
私たちが当たり前に、二元論でとらえている世界を、
一元論の見方で見ようとする訓練です。

カルマの幻想性を見抜き、本質を知る。
「行為者」ではなく、「在る」になる。

その時に、他者と自分の境がなくなります。
とりもなおさず、それは他者や自身との間で生まれる軋轢がなくなるということ。

その時にやっと人類は、
地球や自らを貪る事がなくなるのかもしれません。

…願わくば、環境が壊れるよりさきに、
人類が気づくのが間に合いますように、と思わざるを得ません。



さて、話は変わりますが、
ときどき、主人公リュオンの言葉を思い出します。

人間…か…

よろこび、悲しみ、つらいこと、楽しいこと、
良いこと、悪いこと、重要なこと、つまらないこと、
優しいこと、厳しいこと。

何十億の人々が、この同じ時の中で、
一つ一つのドラマを織りなし、
幾重にも幾重にもこの世界でリアルな時を…。

…うらやましいな…


外側から見たなら、どんな人生ドラマであろうとも、
貴重で、羨ましいものかもしれない、と時々考えるのです。



本日は81位でした(^_^)
みなさま、いつも有難うございます♪
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