私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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魚を求める子に、蛇を与える親はいるか?
air_rank[1]

これを習慣化すれば、
人生もっと楽に楽しく生きられるのに、と思う行動があります。

それはこれ↓

嫌いな人や物事に愛を送ること。
出会う人すべてを褒める視点でみること。
自分を褒めること。


内部世界と外部世界はリンクしているので、
外部を好きになれば内部も好きになります、と黒斎さん。

また、かつてヴィパッサナーの先生も、
慈悲の瞑想(他者と自分の幸せを祈ること)をすると、
波動が変わるため、現実もどんどん良くなる、と言っていました。

ちなみに、慈悲の瞑想についてはこちら
◼︎全体性を取り戻す ~思いやりと引き寄せ~◼︎



でもね、でもね…。

これをやれば間違いなく
人生がスムーズにいくとは、分かってはいても…。

実際やってみると、かなり抵抗があって、
あんまりやりたくない事だった事に気づくのです。

嫌いな人に愛を送ったり、
不満の多い世の中で、良いところを探したり…。

いくら人生が良くなるための行動だとしても、
それ自体に抵抗を感じてしまうのです。

ということはつまり…こういうこと?

いくら、悟りたい、スムーズな人生を送りたいと思っても、
それは表面上だけのことなのかもしれない?

心の深い部分では、
嫌いな人や不満な状況を手放したくないって事?


だから目の前の現実も、不満や苦痛に満ちているのかも?
(つまり表層意識でなく、深層心理の欲求が現実化している)


でね、この気づきに関連するのですが、
あるブログのコメント欄を読んで、
つい返事を書きたくなったのです。

そのコメント欄には、このように書かれていました。

「人生を上手くゆかせるために、
ポジティブ思考になりたいが、すぐ、ネガティブになってしまう。
ポジティブになるにはどうしたらいいか。」


結局、書き込むことはしませんでしたが…。
それは、そこのブロガーさんの手前もあるし、
第一、相手に嫌な思いをさせるだけだと分かっていたからです。

私はこう書きたかったんです。

私たちは、ネガティブが好きで心配事も好きで、
愛にみちたポジティブな気分になんか、なりたくないんです。

だから、あなたはネガティブな考えの被害者ではなく、
好んで、ネガティブな考えを握っているだけですよ、
と。

でも、こんなことを書かれたら、
誰だって、責められていると勘違いして
嫌な気分になっちゃいますよね〜(^_^;)

でも、これを理解するのは
とても大切な事ではないかと感じたのです。

対立する思い、引き裂かれた欲求が、
明らかにされるため、葛藤が無くなるから
です。

つまり、欲しているのに得られない、
欲しくないのに得てしまう、
それはなぜ?!とあがくのを止められるのです。

そう、逆説的だけど、もしポジティブになりたかったら、
まず、ポジティブを望んでいない自分に気づくしかない。

そうすることで、ネガティブなまま、
ポジティブになることができます。

だってそのネガティブは、
自分が好んで選んだとわかるから。

嫌よ嫌よも好きのうち。(^◇^;)ゞ

それに気づく瞬間が、
ネガティブがポジティブに、
不満が感謝に変わる時なのかもしれません。

求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。 〜中略〜 あなたがたも、自分の子がパンを下さいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。また、子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。 〜中略〜 とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。マタイの福音書7:7-11

…もしかしたら、今まで、魚が与えられなかったのは、
単に、私たちが魚を求めなかったせいかもしれない。

逆に、蛇を求めていたのなら、
魚を与えられることも、まず無いだろうから…。

この記事はもうちょっと続く…かもしれない…。(^◇^;)

air_rank[1]
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