私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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ありのままになれない訳
air_rank[1]

昨日は、昨日で暑かったし、帰りが大雨で大変でしたっ!
で、今日は今日で、ちょー暑かったですね!

なんだか異常気象が普通で、
どういうのが、普通の気候なんだか、
思い出せなくなりそうなよっし〜です。

そんな中、地球さんは、
今日もがんばってくれていて、ほんとに有難うです!!


さて、次回は、フォアグラについて書くと言ったものの…。
私は、つくづく続きものは向かないな〜と実感。(>_<)

というのも、時間が過ぎると、
テンションが変わってしまうんです。
書く気分を逃すというか、なんというか…。

…我ながら、ひどいっす。(;´Д`A

でも、まぁ、書いているうちに、
繋がることがあるかもしれないと、
頑張って、なにか書いてみます!



ところでこの間、
久しぶりに黒斎さんの月イチ☆に行ってきました。

ここへ来るたびに思うのですが、
本当に、黒斎さんの喋りってすごいですよね。

イメージや抽象的な思考を、
上手に例えたり、分かりやすく言語化したり…。

言語で伝える能力がずば抜けて高いんだろうな、と思います。

なのに、今回の講演で彼はこう語ったのです。

僕、本当は話は得意じゃなかった、
だから会社員時代の友人が、今の僕をみたりすると、
別人だって言われるんです、と。

「今考えると、小さい頃から場の空気が読めない子だった。
だから、みんなが盛り上がっている時、
割って入ると、場がしらけちゃったりした。

なんどもそういう体験をしているから、
楽しく話して、みんなを盛り上げたいと思っていても、
自分には出来ないことだと、気持ちを抑えて、
喋れずにいたんです。

でもね、気づきが起こってから、
やりたいことを抑えることが出来なくなった。
もう、人に引かれてもいいや、やりたいことをやろう!

で、アナと雪の女王じゃないけれど、
ありのままの姿みせたのよ!

で、どうなったかというと、周りは、
少しも寒くないわ、となったわけ!!


会場、爆笑!

がははー!!
喋りやっぱり上手いじゃん、爆!



でね、これを聞いて、
なるほどな〜、と納得したのです。

前々回の記事で、
「周りを思いやれる人は、
視野が広がって、さらなる知恵や知識が持てるのではないか?」
と書きましたが、これこそそうだよなぁ、と。

私の中の定義では、
周りを思いやれる=全体性に貢献する人=ワンネスとの繋がりが強い人
だと思っています。

で、ワンネスとの繋がりがあると、
繋がってなかったときには、使えなかった知恵やスキルも、
使えるようになると思うのです。

ネットに繋がったパソコンか、
スタンドアロンのパソコンかの違いですね。

で、喋りも文章も下手だった、という黒斎さんが、
ここまで素晴らしい講演が出来るようになったのは、
それだと思うんですよね。

黒斎さんの喋りは、少しも寒くないわ、どころか、
すっごい面白いですもん!



さて…話は変わりますが。

なんで生きているんだろう、と疑問に思うときは、
かならず、生きていることが苦しい時です。

逆に、楽しいときには、
生きることに、疑問なんか持ったりしないものです。

これって、すごく不思議だったりしませんか?

つまり…生きていることが楽しければ、
悩まないし、ありのままでいられます。

◯◯をしなければ、◯◯にならなければ、という行動指針や
モラルもなくなります。

なぜかと言えば、
◯◯しなければ、という思考が生まれるのは、
今、幸せでないから、
将来的に幸せになるための行動しよう、という事だからです。

つまり、いま幸せである、という前提があれば、
人は何もする必要もないし、
結果、ありのままになってしまうのです。

ありのままになったとき、
悟りも、正しさも、
戦いも、何かを求めることも、必要なくなります。

つまり「ありのままでいい」とは十分である、ということです。

しかし、私たちは求め続けますし、
人生に疑問を感じています。

なぜなら、幸せじゃないし、
満たされていないと考えるためです。

そしてぶっちゃけ、今の社会では、
「ありのまま」ではいけないのです。

どんなに、ありのままを見せるのよ、と歌ったって、
エルサも結局は、自由奔放な生き方を選択しませんでした。

たぶん、それが現代の社会構造だからです。
社会は、依存と欠乏を必要としているのです。

だから、現代社会では、
現状への満足は停滞とみなされます。
ありのままも、身勝手とみなされるかもしれません。


そんな、社会構造から外れる、ありのままを、
私たちは恐れてもいるのです。

お金持ちや、満たされているように見える人ですら、
次に何をしようかと必死です。

なぜなら、社会構造上、どんなに持っていたとしても、
今の「ありのまま」では、足りないからです。

とにかく、さらなる上を求め続ける社会構造…。

それは、肉体的な快楽についてもそうです。
必要以上に、五感の快楽を得ようとしています。

味覚の快楽…
フォアグラなんて、まさにそうですよね。

あれは、金額からいっても、
手間暇から見ても、
必要不可欠で日常的な食物ではありません。

そして、もちろん、ありのままの鳥肉でもありません。

なにしろ、無理やり、鳥の喉に餌を突っ込んで
脂肪肝にした病気の肉なのです。

そういう意味で、究極の嗜好品と言えるかもしれず、
お値段も張るのかもしれませんが…。

強制給餌という、鳥に苦しみを与えてまで、
どうして、味覚の快楽を追求したいのか。

ここに、個として切り離された人間の
欠乏と悲しみが見え隠れしている気がしてなりません。


……
…なんだかんだで、
フォアグラに繋がったみたいです…(;^_^A

いや、次回こそ、
フォアグラについて思ったことをきっちり
書きたいと思います!

air_rank[1]
今日は、41位でした〜♪
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