私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
page top
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
page top
知識と視野 広さの関連性
air_rank[1]

私は食品店で働いています。
そして、たまにお客さんで、
不思議な方を見かけたりします。

それは、食品の安全性に神経質な人たちです。

もちろん、それ自体はとても良い事です。

たいてい、そういう人は意識が高く、知識もあり、
良い食品を選ぶ能力があるからです。

そして、そういう人が、良い商品を購入することで、
良心的な生産者に、利益と存続の道を与えています。

しかし、私が話しているのは、
そのような人たちのことではありません。

異常に神経質質なのに、なぜか知識がない人たちの事です。
それはいいのですが、細かい質問を長々としてきたりします。

しかも、どれも的外れというか、
不思議とちぐはぐな質問
なのです。

これって、天然ですか、自然食品ですか、栄養ありますか、
有機JASですか、無添加ですか?などなど。

もちろん、食品にあまり興味がない人が、
こうした質問をするのはわかるのです。

問題は、すごく食品に神経質なお客さんだと言うことです。
そして、ここ以外でも、
いろいろ聞いているに違いない感じの人です。

(全てものは、天然物からできていますし、
天然だからといって、害がないという訳ではありません。
また、正式には、自然食品というものに定義はありません。
また、栄養といっても、どの成分や効果を狙っての栄養かで、
定義は変わりますよね?
食料がない時代はカロリーが高いものが栄養と呼ばれたでしょうが、
今は、過剰すぎて害だ、と言われていますし…。
それに、有機JASといっても、無農薬とは限りませんけど…。)


そんなことをつらつら考えながらも、
その人が具体的に欲しているもののリサーチから入ります。
が、たいてい具体的な質問に、ちゃんと答えられません。

とにかく、自分にとって良いものを、という意識はあるけれど、
自分にとっての「良い」とはどういうことなのかが
理解できてない
ようなのです。

自分の基準がないので、世間がいう「良い」
という基準をやたら信奉しています。

天然のものだったら、体にいい。
栄養があるものが、体にいい。
とにもかくにも、無添加を。
有機JAS、最高!…などなど。


不思議なのですが、こういう人に限って、
他のお客さんの対応をしているときに、
横から割って入ってきたりします。

つまり、周りへの気遣いがまったくないのです。

周りで起こっていることが見えていない、
とにかく自分が第一なのです。

ちぐはぐな質問だし、話は長いし、
根本的な安全性の問題には興味を示さないし、
こちらへの気遣いもないわで、話していても疲れてしまいます。

高齢者の方なら、周りへの気遣いが出来なかったり、
難しい話が理解しずらいのもわかります。

しかし、得てしてそういう人は、若い人も多いのです。

そして、職場のみんなに聞くと、
あまり接していないスタッフでさえ、
そのお客さんは苦手だと言います。

すごいクレーマーだったり、
実害のあるお客さんでないのに、
この嫌われっぷりは、何だろう?

あまり話さないスタッフでさえ、違和感を感じるってことは、
嫌われるオーラとかあるのかな?


ある時、スタッフの一人に尋ねてみました。

「どうして、的外れな質問ばかりするのだろう、
あれだけ人に質問して知識がたまらないのは、なぜだろう」と。

「だって、あの人たち、自分のことしか考えてないもの。
自分にしか興味がないから、
視野が狭く、見るものも偏っていて、
ちゃんと物が見れてない。

だから、ちゃんとした質問だって、出来るわけないよ。」


ああ、なるほど、すごい!!

自分に対する見方が、
外界に対する見方と、見事にリンクしているんだ!


自分にしか興味がない人は、
狭い視野ゆえ、知識も広がらない。
だから、言っていることも行動も、どこかしらちぐはぐ。
そして、自分では、そうする気もないのに、
なぜか、他人に嫌われてゆく…。

だとすれば、逆に。

周りを思いやれる人は、
視野が広がって、さらなる知恵や知識が持てるのではないか?
で、意識しなくとも、他人と仲良くやってゆけるに違いない…。

だとすれば…。
これはきっと、個人以外にも、
当てはまることではないか…。

たとえば、
人間は今、全人類に対して、貢献しているとは思えません。

それは、自分の国という個に異常に執着して、
人類としての全体の利を
阻害している為
ではないでしょうか?

個に執着して、平和憲法を壊そうとする、
どこかの国の政府みたく…。

で、個に執着すればするほど、それに比例して視野が狭くなるから、
ベストな言動が選択できなくなる。

どこかしら、いつもちぐはぐ、なのです。

政府が、集団的自衛権の必要性を述べても、
何か釈然としないのは、そのためではないでしょうか。

そして、視野が狭く、見るものにフィルターがかかっているゆえに、
それが、どんな結果を招くかもまったく見通せない
のです。

盲目での暴走、という訳です。
考えただけで恐ろしいです。

そして、悲しい事に、
もはや、地球環境的にみても、
人類にあまり時間は無いと思われます。

自分しか関心がなく、的外れなことばかりする人類を、
病気の地球が、どこまで支えることができるのか…。

本当に疑問です。

air_rank[1]
願わくば、私も全体性(広い視野)に貢献できますように、と願ってやみません。

さて、今日は36位でした〜(^O^)
そこのあなたっ!ええ、あなたです、いつも有難うございます♪
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL

© よっし~のできるかな?. all rights reserved.
Page top
FC2 BLOG
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。