私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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複雑化するエゴと社会 ~競争志向が生む世界~
なんだかすっかり夏ですね~(;´◇`)ゞ
(↑いやいや、本当は梅雨もまだだしっ、汗)

今日、北海道は沖縄よりも暑かったそうです〜(@◇@;)

この暑さで、去年の夏のことを思い出しました。

以前も書きましたが、去年の7月、私は大変でした。
ひと月まるまる、体調不良が続いたからです。

でも、そのせいで気づけたこともあって、
それはそれで良かったんですけどね。

一つは、体は大切ってこと。
もう一つは、自分がやっていると思ったことは、本当はそうでない、
健康というバックボーン、つまりお陰さまがあったのだ、とか。


さて、あの時は、なにが一番苦しかったんだろう、
と今更ながら考えてみました。

まっさきに思いついたのは、
病気の原因が不明だったことや、
霊障らしいと言われて不安だったから、という事。

でもちょっと違うかな…。

全くないといえば、嘘になるけど、
実際のところ、そこまでのダメージではありません。

じゃあ、未来(回復)の見通しが立たなかったこと?

まぁ、それもあるけど、
それは、仕事が気がかりだったせいであり…。

ああ、そうか!
仕事を急に休まなければいけない事が嫌だったんだ!

そう、一番辛くて恐かったのは、それそれっ。

休んではいけない職場で休まなくてはいけないという状況です!


ちなみに今の職場は、一人で全てを
まわさなければいけないような小さい食品店。

だから、休むとすれば、
急きょ、代わりのスタッフを探さねばいけないのです。

でも、休みの人に急に出勤してもらうのは、
かなり無理があります。
第一、皆に予定があるわけですからね。

この、誰かに迷惑をかけること。
その不自由さが恐ろしく嫌だったんです!!

病気という肉体的苦痛も辛いですが、
精神的苦痛の方が、それより上。

だから、私が自由業もしくは、プーだったら、
ここまで苦しくはなかったはずです。



とにかく、生きるって不自由すぎます~。

いや、生きることそのもの、ではないですね。

仕事や社会、つまり「生きることを支えるシステム」が、
不自由なんでしょう。

本来は自由であった生。

しかし、社会やシステムが複雑化し、
細かい規則をつくり、命を縛っている。

仕事ひとつとってみても分かります。
不自由きわまりなく、中には過労死する人も出る始末。

これでは、生きるために働くのではなく、
働くために生かされている
みたい…。

本来、生きる事をサポートするための単純な行為が、
働くということだったはずなのに。

「生きること」と「生きるためのシステム」の
主従関係が逆転しています。

前回の続きじゃないけれど、
まさしく顛倒夢想。

それとも、全てが逆転するという、
カリユガという時代のせいなのかな?


それにしても、不思議。

人類の進歩って、
常に自由を目指してきた
わけでしょうに。

そして今や、なんでも便利になり、自由な時代と言われているのに。

なぜこうも、皆、不自由に感じているのでしょう?


わずかに理解できるのは、
この窮屈さは、
社会が複雑になりすぎているせいではないか、

ということでした。

でも、それってなぜだろう?

あるとき、黒斎さんが講演でこう言いました。

「システムは複雑になります。
なぜなら、それを作り上げているエゴの性質には、
誰かより秀でようとする性質がある
からです。」



そ、それでか!

ここからは、私の考えになりますが。

誰かより秀でる事がしたければ、
難しいこと、誰にも出来ないようなことを
しなければいけません。

簡単ではダメです、
誰でも出来てしまいますからね。

だから、すべては複雑化する…。

このことは、バラの花ひとつをとってもわかります。

バラの品種があれほどまでに多く創り出され、
そしてまた、
今までにない青いバラを作るのが夢なのも、このためです。

エゴにとって、シンプルさは美徳にはなりません。
誰かより上に立てないからです。

より強く、より美しく。
より難しく、より複雑に。
とにかく、誰にも出来ないことを!


このエゴの欲求通り、私たちの社会は複雑化します。
それにともなって、行為、価値観や常識も複雑化するのです。

この複雑化したシステムや価値観は、
やがて、形式化し、形骸化します。

年代を経れば経るほど、それに、
どんな利点があったのか、誰にも分からなくなります。

これは、宗教などをみれば分かりやすいですよね。
理由のわからない儀式や、タブーが多い。

そして、それが
人々の幸せに役に立っているのかさえ、
わからなくなっている。

ただ、盲目的に守らなきゃいけないだけ。


そんな概念を、日の元にさらして、
見直さなければいけない時代が来ている気がします。

なぜなら、ルールや常識という鎖が、これほどまでに重く、
私たちを締め付けるようになってしまったからです。



そして、思い起こさなければいけないのは、
これらは全て、一つの想いが発端だということ。

それは、単に、誰かより秀でていたい、
というエゴの思いです。

この盲目的な野心に気づくならば、
もう、エゴには振り回されなくなります。


誰かと競争することを止めてもいい、
シンプルで自由で、でも幸せでもいいんだ、ということを
やっと選択することができるのです。


また、黒斎さんはこうも言います。

「今の社会は、嫌なことをやってからでないと、
好きなことができない、というシステムになっています。

たとえば、子供のころには、
宿題をしないと遊んではいけない、と言われてしまったりします。

だから、嫌なことをしないと、好きなことができない、
という常識が、私たちには出来ています。

しかし、その常識も幻想です。

好きなことばっかりしてたって良いし、
それでやっていけない訳はないんです。


しかし、私たちは嫌なことを強いられて生きている、と思っています。
もし、嫌なことばかりして生きるとどうなるのでしょう?

「嫌なことにあうと、
人は心を守るために不感症になります。

そうなると、嫌なことも感じにくくなりますが、
喜びといったポジティブな感情も感じなくなっていきます。


もし、心を閉ざせば、自分の欲求にも蓋をすることになります。
だから、こんなにも、
「自分のやりたいことがわからない」人が増えているのかもしれません。

そして、自分のフィーリングが信用できなくなった人間は、
もはや、外部の思想や権威に頼るしかすべがありません。


だからこそ、マスコミ、権威者、カリスマ(スピ系を含む)が
人々をコントロールできるのでしょうね。
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なるほど~♪
よっし~さんのブログはいつも色々考えさせられます(*^^*)ありがとうございます☆

私は仕事を自分の喜びのためにさせてもらっています☆

自分の好きな人たち(子どもや親御さん)に
自分の経験や知恵を活かせるお仕事だからです(^w^)
私は、横並びの教育のよい面もあるのでしょうが、これからは人と違うところを伸ばすような教育が大事なんじゃないかと感じています☆
人と比較する中ではいつまでも自分の本当に望んでいることや自分に満足することは
できないですよね。

自分らしく生きていきましょうね♪(*^^*)
hina | URL | 2014/06/05/Thu 14:28 [編集]
Re: なるほど~♪
hinaさん、コメント有難うございます♪(*^_^*)

素晴らしい仕事をなさっているようですね♪
教育をされているのかしら?
hinaさんのような方がいらっしゃるだけで、
楽しんで生きてもいいんだ、という周りへのメッセージになると思いますよ。(^_^)

みんなが軽く楽しく生きられる社会になるといいですね♪
よっし~ | URL | 2014/06/06/Fri 01:33 [編集]

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