私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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自分で考えるということ
まずは、お勧めブログをば。

人気の絵日記ブログですが、
スピ系のことも描かれていて、とても興味深いです。

ノラ家の日常・非日常
■超能力シリーズの真意。 ■
前回書いた記事、「スピの落とし穴的」な事に通じることが書かれています。

■協力者は広がる。■
■非日常・しーちゃんのお話■
ここのブログ主さんとお友達が、
道路わきなどに捨てられたゴミを掃除するボランティアをしています。

それは、ごみ掃除というよりも、
廃棄物処理といった方がいいくらいの超ハードなボランティア。

そして、それをやっている際に起こった、
プレゼント的な不思議なことも書かれています。

それがね、またかんど~です!
ついつい、こう言ってしまいたくなる。

なんといういたわりと友愛じゃ。
王蟲が心を開いておる~ ・゚・(ノД`)・゚・ウァァァン!


本当に、自然やそこにいる精霊は、
自分たちを守る人を知っているのだな
、と思います。

「全ては命。命じゃないものはない。」と黒斎さんは言っていたけれど、
本当にそうですよね。

私たちは一つ。

だから、すべてに命をみて、全てに敬意を払うことが、
本当の自身の幸福へと繋がるのだと思います。

地球に、大地に、海に命を感じていたら、
もっと私たちは、違う世界に住んでいたでしょう。

少なくとも、「誰も見ていないから」などと言って、
そこいらにゴミを捨てたりはしないでしょう。

そして、動物や木々が私たちと一体であり、
彼らの痛みが、いずれ私たちの痛みになるのだと知れば、
彼らにもっと優しくなるでしょう。

私たちと奴らは違う。

こういった分離感は、おそらくゲームをする上では必要な事でしょう。

しかし、いきすぎた分離感は、いまや
ゲームそのものを壊すまでになろうとしています。

もうそろそろ、本気で考える時期ではないでしょうか?

~・~・~

さて前回は、スピリチュアルの危険性について書きましたが、
ああいった危険性は、なにもスピ特有のものではありません。

というより、普通は日常生活にあるものです。

ただそれが、スピという非日常性では、顕著化しやすいだけです。

というのも、宗教やスピでは、極端に走りやすいのと、
自分と別のものとして外から観察できる…
つまり客観視できるために、分かりやすいのです。

しかし、客観視できない場合…
つまり、危険な思考であっても、
全員がそれを持っていれば、それは常識と呼ばれます。

狂人は、正常な人の中では狂人と呼ばれますが、
全員が狂人だとしたら、
狂人とは認識されないのに、似ています。

素直に考えてみて下さい。

「土地やお金を上げるから、代わりに、
あなたやあなたの家族の命を下さい」と言われて、
素直に差し出す人がいるでしょうか?

土地やお金は、それを使う者がいてこそ
価値があると誰もが知っています。

しかし、色んな概念を吹きこまれると、
人は自身で考えられずに、
たやすく常識という概念に従ってしまいます。


お国のために、正義のために…。
スピで言えば、神やグルのため、
徳を積むため、来世のために…。


そんな事で、人は簡単に自身や他人の命を
差し出すようになります。


単なる概念が、実在する命より重んじられる…。

こんなことは、小さな子供には理解できません。
それは、彼らがその概念で、洗脳されていないからなのです。



憲法第九条を改正しようとしたり、
特定秘密保護法を可決したり、
的を外した愛国心教育に力を入れようとしたりして、
分離感をいっそう強めようとする政府。

そんな、戦争をしたがっているとしか思えない行動に
危機感を覚えている人も多いと思います。

たかだか、ちっぽけな土地や、紙幣という紙をめぐって、
命を粗末にしようとしている。
命がなければ、土地もお金も楽しめないのに…。

欠乏感に振り回されているのが見え見えです。
我々が幸せになるには、奴ら(国民を含め)から奪わねば、という訳です。

政府も低級霊も、ここが大変よく似ています。
常に、誰かのエネルギーを奪おうとしています。


欠乏感、分離感はエゴの特徴。

この法律に従えば幸せになれます、
これを信じれば幸せになります、などと依存させようとし、
やはり欠乏感を持つ存在から、エネルギーを奪います。


だから、自分で考えることが大切なのです。

他人や、自分にある欠乏感に対峙し、
それがどのように作用するかを。


誰かがこう言ったからと、鵜のみにしないでください。

結局、すべてが、流動的で変化するのです。

たとえば、今のよっし~が信頼できたとしても、
明日のよっし~がそうであるとは限らないものです。

だから、自分で考える。

そして、必要以上に、深刻にとらえないのも大切。

依存させようとするものは、怖れ(深刻さ)を吹きこむものです。
怖れがあると、その対象から離れるのが難しくなるからです。

間違ったと感じても、軌道修正をすればいいのです。
そのためには、笑いと軽さが必要です。

「テレビは離れてみましょう」
黒斎さんは、こう言います。

近くで画面を見ていたら、全体像も分からず、
そのドラマ(怖れ)と、一体化してしまうでしょう。

離れてみれば、全体もわかり余裕をもって見られるでしょう。
あなたは観客であって、ドラマの登場人物でない事に気付くはずです。


信じた宗教を、信念や概念を、メソッドや人を、
違うなと思った時点で、恨むことなく捨てられますか?


「なんだ、やってみたら不味いことになった。
じゃあ、違うことをしよう」と、笑っていられますか?



究極的な意味でいえば、
どんな状況でも、私たちは大丈夫みたいです。

黒斎さん曰く「僕が命を持っているのではなかった。命が僕だった。
だから、命を失うなんてあり得ない。
だって僕が命なのだから」


深刻な地球環境だし、日本政府の行く先も怪しいけれど…。
それでも、軽く楽しんで生きれたらいいですよね。

air_rank[1]
本日の順位は48位でした。あまり更新できてないのに、皆さまいつも有難う~~(*^-^*)
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笑いと軽さ。

いいね!です。
ぷっぷぅ | URL | 2014/02/08/Sat 23:01 [編集]
Re: タイトルなし
> 笑いと軽さ。
>
> いいね!です。

ぷっぷぅさん、コメント有り難う!
ほんと、笑いさえあれば、ほとんどのものが要らないと思います。
悟りとかだって。
笑って生きるって、本当に偉大です〜 \(^o^)/
よっし~ | URL | 2014/02/09/Sun 21:39 [編集]

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