私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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マスターとメッセンジャーと勘違いさん
最近、黒斎さんの講演記事を書いてないので、
黒斉ファンの方は、つまらないですよねー(^_^;)

そんな、小心者の気の利くよっし〜なので、
書いてみることにしました〜。

今回は、これが分かると、
より精神世界の理解が深まるかな、という話にします。


題して、マスターとメッセンジャーと、
明らかな勘違いさん。



精神世界で、メッセージを発信している人には、
上記の3タイプがある、と黒斎さんは言います。

まずは、勘違いさんの解説からしますが、
その前に「精神世界」について説明しなくてはなりません。

「精神世界」は、非常に曖昧なジャンルだといいます。

厳密に言えば、「宗教」でも、
「オカルト」でも、「自己啓発」でもない。

そして、微妙に違うそれらを、
渾然一体に合わせたものが「精神世界」と呼ばれています。

なかでも、「自己啓発」と「悟り」は、似てはいるけれど、
根本的に違うと言います。



例えば「上手くいかない考え方を変えて
(ポジティブになる等)楽しく生きよう」というのが自己啓発。

もちろん、自己啓発を理解し活用する分には、
それは間違いじゃありません。

しかし、もしそれを「悟り的な考え方」を使って、
「自己啓発的な成果」を得ようとすると、
全く結果が伴わなくなってしまう、
と言うのです。

だってそれらは、逆の方向性を持つものだから。


例えば、引き寄せの法則。

これは本来、宗教性とか悟りに近いテーマなのに、
今は、自己啓発のテーマで、使われていたりします。

ちなみに勘違いさんは、必ずしも、
間違ったことを言っている訳ではありません。

問題は、
悟りと自己啓発の違いがわかっていない事
です。

つまり、違った方向性のものを、
ごっちゃにして、区別できていないのです。

なので、メッセージも、自分で体験したことで、
これは上手く行ったという事を紹介していたりします。

特徴的なのは、
ああしましょう、こうしましょうといった、
行動指針が出ることが多いこと。


(これは、よっし〜の感想ですが…。

本人に、上手く行った方法でも、
他の人には効果が出ない…そんな自己啓発の本が多いと思います。

当たり前ですよね、人間はみんな違うのですから…。

自己啓発は、何らかの行動や行為で、
人生を思うようにコントロールしよう、という考え方だと思います。

そして、この段階というのは、
多くの自己定義(言い換えれば、カルマ)を集めている段階です。

豊かな自分、力ある自分、美しい自分など、
好ましい状況を、追求し続ける。

これは、スピリチュアルとは関係なく、
ほぼ全ての人たちがやっていることだと言えます。


もちろん、人生ドラマを
楽しく美しくすることは、とても素晴らしいことです。

ただ、求めているものが、
諸行無常であり、いつかは消えるものだと分かれば、
失望するときが必ずやってきます。

例えば、熱狂していたスターが、
実は自分と変わらない人間だった、などと
失望する時のように…。

外部のものは、本当に欲するものを与えてくれないのでは?

そういう疑問が出たときに、ようやく、
人は自己啓発的なものから、悟り的なものに、
関心が向くのかもしれません。)


一方、メッセンジャーやマスターのメッセージは、
「何をするかでなく、どうあるべきか」に焦点があてられます。

なので、マスターになればなるほど、行動指針が出なくなります。


さて、メッセンジャーとは何でしょうか?

これは空(くう)を説く人。
黒斎さんや阿部さんがこれに当たるそうです。

経験上、あらゆる思い込みや、
情報を無くすことが空への道だと知っている。

だから、思い込みを捨てましょう、
自分が保有している一切の情報を捨てましょう、と教えています。

情報を捨てよという、
新しい情報を与えている。

これが、メッセンジャーの
どうにもならないジレンマ
です。

聞いた相手は、それもコレクションすべき情報として
捉えてしまうのです。


対してマスターになると
強制的にエネルギーの場として
情報を取り去ってしまう
そうです。

今生きている人で言えば、エックハルト・トール。
死んだ人なら、ラジニーシ。

(よっし〜が勝手に思っているところでは、ラマナ・マハルシ
やクリシュナムルティもそうだと思う…)



かつて、黒斎さんが、
「エックハルト・トールのビデオは凄い、見ていると眠くなってしまうから、爆」
と言っていましたが、たぶんこの事です。

情報が無くなってしまう、思考が止まってしまうと、
エゴが退屈して、結果眠くなってしまうのです。


マスターの特徴としては、自身の言葉を
記録として残さないことです。

ブッダやイエスも、弟子が記録を残しはしましたが、
自身は文書を書いていません。

なぜならば、言葉とは、
その時、その場で、特定の相手に対して向けられた、
超限定的なものだから。

だから、それと同じ言葉を持ち歩いて、
違う時代や場所、相手に当てはめようとすれば、
当然、無理や誤解が生じるのです。

(エックハルト・トールは、著書を書いていますが、
これらは誰かに向けられたメッセージではなく、
エゴの性質を説いたものです。
そういう意味で、汎用性があるといえます。)


さて問題の「自己啓発」と「悟り」の違いをはっきりさせましょう。

黒斎さんや阿部さんなどが、悟りに重要だとしているのは、
ありのままの自分を認めるという事。

自分にいたらない部分を見つけても、批判せず、小さい子供を見守る感じです。
「またやってるな、可愛い奴め、でも大した影響はないよ」と、
愛情を持って見ている。

対して、自己啓発は、今の自分を認めずに、
変えようと努力する。


自分のいたらない部分を見つけると、
「ほらこんな事をやってる、なんてダメな奴なんだ」と
自分をいじめてしまう。

ここが、大きな違いで、ベクトルが完全に逆を向いている。

「自分を変えることで、人生を変えよう」とするのが自己啓発で、
「自分を変える事ではなく、素の自分に還ること」が、
目覚めへの道だと言うのです。

air_rank[1]
皆さまいつも有難うです〜(*^o^*)
ちなみに本日の順位は29位でした、支えてくれて有難う〜♪
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