私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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知ること、信じること


昨日は風邪ひいて寝込んでいました。(>_<)

私の周囲の人たちにも、風邪の人が多いので、
皆さまもお気をつけください〜!

ところで、今回の風邪は喉にきますね。

くしゃみのしすぎで、2、3日腹筋死ぬーって思っていました。
なので、腹筋鍛えたい方は、風邪引くといいと思います!! (`・ω・´)ノ ドヤッ!

あわわ、リアルタイムに咳で苦しんでる方がいましたら、ご容赦をー、汗汗


寝込んだときに思い出すのは、
黒斎さんが講演で話していた、奥様の話です。

以前も書いたような気がしますが、今一度お付き合いをば。

黒斎さんの奥様は、スピに興味がなく、知識もないそうですが、
なぜか、スピ的に理にかなった行動をするそうです。

奥様は、病気になって寝込むと、
心の中で、日頃上手くいっているところ、
良いことを感謝しまくるといいます。

すると、かなり酷い症状の時でも、
次の日には、治ってしまうらしい。

すっげー!!Σ(゚Д゚;)

スピリチュアル的な理屈でいうと…。

悪い部分に着目せず、
良い部分に焦点を当てたせいで、
現実にそれが反映されて、好ましい結果が起きた、
という事かもしれません。

自分の思考が反映されて、現実となる。
信念が現実をつくる。


いわゆるキリストが言う、
「からし種ほどの信仰があれば、山をも動かせる」ですな。

でも…
からし種といえば、マスタードの原料ですよね、たしか。

たかだかスパイスのくせに、
いつの間に、人間さま以上の立派な信仰心を身につけたんでしょうか、
羨ましいぞ、からし種、キィィー!!

…はっ!失敬、しっけい!


とはいえ「信仰」って言葉は、
少し引っかかりますな…。

というのも、ニュアンス的に、
ちょっと違うのではと感じていまして。

それより「確信、知っている」という言葉がいいのではと。

「信じる」という行為は、
実体験を通して、腑に落とせたものでは無いはず。
知らない事を、むりに思い込もうとする行為といえます。

当然「確信、知っている」と、
「信仰、信じる」には、違いが生じます。

例えば、あなたが幸運(?)にも、道端で、
「アナタゥハー、神ゥヲー、信ジマスカー?」と
金髪碧眼の黒服男性に、声をかけられた
とします。

その時に「ええっ、あなたは信じているんですか?
私は、神を知ってるんですが。(ドヤァ)」
と答えてみてください、
怒りを買うか、
気味悪がられること間違いなしですっ!!


この例えからして、
「知る」と「信じる」は違うことがわかりますね?
(↑ちょうゴリ押し論法)


…さてさて。

引き寄せの本やメソッドが、ちまたに沢山あるものの、
多くの人で、引き寄せが上手くいってないのは、
ここらへんに問題がありそうです。

自分が、引き寄せられることを「確信できず」、
引き寄せの法則を「信じている」からではないかと。

引き寄せの法則がうまく行く事を「知っている」ならば、
その人は、その時点で豊かなはずだし、
引き寄せの法則自体、空気のように当たり前なはずです。
だから、この法則を、気にすることすらありません。

逆に、引き寄せに一生懸命な人たちは、
その行為そのものが「引き寄せが出来ていない現実」に
焦点を当てています。

だから、ずっと注目しているもの、
「引き寄せられない現実」が具象化し続けます。

ただそれだって、その人の望み(それは、無意識下のものですが)のものを
手に入れたということなのです。

ということで、じつは誰もがみな、
上手に引き寄せができていました、めでたしめでたし!

(ただし、無意識下の望みですが)


もちろん、偉そうなことを言う、よっし〜も、
豊かさを引き寄せられていません! <( ̄^ ̄)>エッヘン

まぁ、理由としては、自己評価の低さ(受け取る資格がない等の信念)や、
自分には出来るわけないと、無意識に思っているためです。

でもそうだとしても、
その自己評価通りの現実を作っているのは、
疑いようがありません。

つまり…、誰でも、望み通りの引き寄せが出来ていた、と。
無意識だから気づきようがないだけで。


では、無意識ではなく、顕在意識の望みを叶えたい場合は、
どうすればいいでしょう?

たぶん、その場合、無条件の愛が重要になると思います。

自分を完全に愛せない、受け入れられないからこそ、
私たちは、豊かさを受け取るのを拒否している部分があるからです。

また、宇宙が絶対的に
望みのものを与えてくれるという信念も必要です。

これも「信じて」はいけません、
宇宙が最善の物を与えてくれると
「知って」いなければ!

からし種ほどの「信仰」ならぬ、からし種ほどの「確信」が必要なのです。

しかし、引き寄せをしたい人は、
「不足のものがある」という確信から行動しています。

だから、その動機からして当然、
「満たされる結果」は生まれないのです。



本日は42位でしたー。
応援してくださる皆様、本当に有難うございます!\(^o^)/
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アイデンティティーという相対性


先日、友人たちと友人宅で忘年会をやりましたー。(*^_^*)

その友人たちは、みな、
エネルギー的に敏感な感覚の人たちばかり。

そのなかでは、私が一番鈍いです。
というのも、石や場のエネルギーが読めないのは私だけでして。(^_^;)

まぁ、エネルギーが読めないというのは
一般的にみたら、普通ですけれどもね…。



そしてまた、友人たちは、私と同じく石好きです。

ただ、彼女たちの石への情熱は凄く、
それから比べると、私なんか、
お世辞にも石好きとは呼べないほどです。

もちろん、私も沢山の石を持っている以上、
普通の人からみたら、立派に石好きなのかもしれませんが…。


……。
ああ、なるほど!

自分が何者であるか、自分は何なのかって定義できるのは、
周りと比べてこそ、なんですね。

超感覚のない私は、
一般的な人から見たら、もちろん普通の人です。

なのに、エネルギーに敏感な人たちのグループに入れば、
とたんに鈍感な人になるというわけ。

私が、石好きと定義できるかどうかだって、
周囲の環境で変わってしまいます。

違う例えでいうと、
私が女だというアイデンティティーが持てるのも、
この世に男性がいる事を知っているから、とも言えます。



そうか、そうなんだー!

自分が、何者かなのかを定義できるのは、
周りの状況による。
それは、流動的で、一時的なものにすぎない…。

だからもし、皆さんも、
誰かから、馬鹿だの何だのって、
ネガティブな定義付けをされても、鵜呑みにしなくていいです。

あくまで、それは、相対的な評価にすぎないから。
ところ変われば、評価も逆になるから。



流動的で一時的なもの、相対性。
でも、そんな、たやすく揺らぐものに、
現代人は「自分とは何か」という確固たるものを
求めてしまうんですよね。

だから相対性(誰かより優れること)に、
夢中になり、それを得ることに人生の大半を費やしてしまう。

それは「有能な自分」だったり、
「高収入の自分」「美しい自分」「良い家族をもつ自分」
「お金を持っている自分」等々といった、アイデンティティーです。

本当はそれらは、
「生きることが容易になる」から、
あったら便利くらいのもののはず、なんです。

「安心して生きること」が本当の目的で、
「優れること(持つこと)」は、あくまでも、
生きることが楽になるためのスキル、手段にすぎません。

そんな手段を、目的にしちゃうから、
人生を楽しめなくなるんです。

富める者は、さらに持つために、さらに早く走り回るだけで、
「人生を生きていない」し、
持たないものは「生きること(単純な生存)」で一杯いっぱい。

つまり、どちらも目的(安心して生きること、生を味わうこと)を
果たしていない!

もし、全人類が「単に生きること」を最重要視するならば、
全人類が、安心して生きられる豊かさが、地上にあるはずだと思うのです。



人より優れること、持つことに躍起で、
搾取することばかりに目がゆく、持てる人々。

こんな風に、私たちは、
より優れたアイデンティティーを求めて、走り回っています。

誰かを物理的、エネルギー的に搾取したり、貶めたりして、
自分が相対的に優位に立つことで、それを得ようとします。

しかし、それらが手に入っても
人生が必ずしも、生きやすくなるわけではありません。
(自我は、それを決して認めないでしょうが。)

なぜなら、飛び抜けすぎても、人から理解されなくなるから。

飛び抜けて賢すぎると、周りから奇人扱いされるように。
あまりに美人すぎると、高嶺の花と敬遠されるように…。
お金持ちすぎると、周りから妬まれてしまうように……。

手段はあくまで手段。
手段にことさら特化しても、安心して生きるという、
目的が満たされる訳ではありません。



全ての人の、そして生きとし生けるもの全てに、
「安心して生きる」というニーズが満たされますように。

富めるものも、貧しきものも、
誰もが、究極的には、それだけを追い求めているのですから…。



本日は50位でした、皆さま、いつも有難うございます!(*^_^*)
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