私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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本当でないこと


前回、私が宇宙人(前世が宇宙人)と言われたと書きましたが、
ちょっと補足をば…。(^_^;)

自分と思っている概念(前世なども含む)は、
嘘でもないけれど、本当の事でもありません。


そして本当でないことに、
どこかで気付いていないと、
いずれ、生きることが息苦しくなります。



「自分と思っている概念」は服のようなものです。
服は、身体ではないという意味で、本人(本物)ではありません。

「概念、自我」は、目覚めた意識が
着込んだ沢山の服なのです。

しかし服の中身、
つまり「目覚めた意識」は一つです。
誰かの意識と私の意識は、共通の同じものなのです。


この世には、たくさんの人々が居るように見えますが、
気づきとしての意識は同一で、
それは「私が在る」という不変のものです。


さて、不変とは何でしょう?

例えば、子どもの頃は、大人って凄いと思っていますが、
いざ自分が大人の年齢になると、
思っていた大人のイメージでない自分に気付きます。

何歳になろうが「私」という意識は変わらないので、
まだ昔のままのように感じるのです。

同じように、30歳になっても、40歳になっても、
さらには100歳になっても、
人はきっと、その年齢のイメージになりきれない自分に驚くと思います。

やっと成人になったと思えば、
次は中年だ、今度は高齢者になった!
自分では変わらない気がするのに、世間ではそう言われてしまうのです。

時間の経過によって、
人は、外見、持ち物、性格すら移り変わりますが、
根底に変わらずあるのは
「私が在る」という意識です。


これこそ、私の奥にあるもの、
そして、皆さんの瞳の奥にあるきらめきです。
それは同一で、たった一つの気づきなのです。

その一つの気づきが、いろんな服装をまといます。
性格、性別、年齢、持ち物…。
それによって、沢山の個性的な人々がいるように見えるのです。

そして、各自が、何枚も何枚も重ね着をすると、
本体など見えなくなってしまいます。

私たちは、本質を知らないまま、
外見である服装と関わりを持ちます。


あの人は美しい、あの人は貧乏だ、あの人は賢い、
あの人は性格が悪い、あの人は心が清らかだ…。

そういった服装が重要だし、それに目を奪われていますから、
みんな同じ事は分からないのです。

でも「私は在る」という単純な気づきのみが、本当のものです。
服は、時と共に移ろうので、絶対的なものではありません。

では、在るという意識が本物とわかると、
なにが良いのでしょうか。


それは、それが分かると、
周りとの軋轢や戦いが消えて、
生きるのが少し楽になることです。


というのも、私たちは、
正義や真実を巡って、常に争っています。
正しい言動、正当な所有者、正当な報酬などなど。

さらに、宗教や哲学、スピリチュアルなどは、
世俗よりも真実だとされています。

だからこそ、それをめぐる争いは、
より面倒臭いことになったりします。

正しい宗教、本物の聖典、
本当の聖者、真のスピリチュアルリーダーを巡る争いは、
時として命がけです。

でもそれすら…
神や天使と交流したり、崇高な前世があったり、
霊的成長ですら、どこかしら嘘だと知っておくべきです。

「神聖さ」は、それが存在するには、
比較する「邪悪さ」が必要だし、
ならば「絶対」であるはずないのです。

つまり、それも服装です。
イリュージョンでもあり、レクリエーションでもあります。


誰かが言います、あの聖者は本物だと。
すると別の誰かがきて、全くの偽物だと言います。

また、ある人が、水晶には良いパワーがあるといい、
別の人は邪気を吸い込むから良くないと言います。

正しさを巡る判断にはキリがありません、
同じものでも見る角度が違えば、違ってみえて当たり前なのです。

むろん、それが楽しいなら大いにやるべきですが、
いずれ窮屈になります。
服(概念)を着込みすぎると、
重すぎて不自由になるからです。



この世は、単に「在る」という気づきが「在る」という気づきに奉仕し、
また奉仕される場であります。


この単純さに気づくと、人は重い服を脱ぎ捨てられます。

その時にようやく、
意見の違う者同士が、意見が違うままで、
笑って一緒にいることが出来るようになるのかもしれません。

ただ在ることに幸あれ!



本日は107位でした(^_^) 読んでくれた皆さま、有難うございます♪
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フラックス咲きました♪


感覚が敏感な人からは、宇宙人呼ばわりされてしまうよっし~です、
みなさま、こんばんは!

もちろん自覚は全くないので、
証拠にUFOでも見せろやーおりゃー!と天に向かって願うものの、
一向に見たことがありませぬ。
世の中そんなものっす、世知辛いっす!


てか、ここまでシカトされるとは、
宇宙人仲間から嫌われていたのかもしれないっす、許すまじ宇宙人!!

まぁ…宇宙にいるかぎりみんな宇宙人だから、
どーでもいい話なんですけどね。(^_^;)

私は、宇宙人よりも、私の周りにいる人間離れした
スキルを持つ人たちの方が羨ましいですー。

私もせめて、一つくらい特殊スキルが欲しいと思う今日このごろ。

例えば、ウッチャン似の宇宙人総理みたいに、
耳から食事が出来るとか…。
相手に頭痛を起こす電波を放つとか…??



……。

うん!要らねー!!

とゆーことで、宇宙人総理にはどーでもいいスキルしかないと分かった所で、
私も、どーでもいいお話を書きます!

ばーん。

flaxflower.jpg

フラックスの花、咲きました!
亜麻布(リネン)や、亜麻仁油の材料になる植物です。綺麗でしょ?

こう話したら、大麻と勘違いした人もいましたが、全く違う植物です。

どっちも繊維がとれますが、大麻は麻、フラックスは亜麻(リネン)。

さらに、種からはオメガ3系のオイルが採れます。
食用にすると、アトピーなどのアレルギーに良いです。

このオイルは、味に癖があるので、
好き嫌いが分かれると思いますが、私は大好き。
ご飯に、このオイルとだし醤油をかけると超美味しいです♪
(あ、それでも嫌いな人は嫌いだと思います!)

ただ、エゴマ油と同じく
テレビに紹介されて、最近はどこでも品薄です、残念!

そのほか、フラックスシードオイルは、
木材塗装や油絵具の材料にも使われます。
また以前、彫金体験をした時、
ハンダ付けにもこの油が使われていて、びっくりしました。

植物のパワーってほんと凄いですねー!

このような植物の英知に耳を傾け、
大自然の知性に寄り添った生き方を考えないと、
人類は本当に危ないと思います。

人間はあまりにも、一つの問題に対して、
近視眼的かつ、対処療法的な行動しかしてこなかった為に、
どんどんおかしくなっている気がします。

今、腸内環境に関する本を読んでいますが、
そこでも、問題の根本を見ずに、
小手先だけでその場をしのぐ人類の姿が見えてきます。

なぜ、今、先進国にアトピーやアレルギーが増えているのか?
(ちなみに発展途上国にはアトピーはないそうです。)

そして、鬱や痴呆症など、
頭の病気が増えているのはなぜなのか?

これらは、個別の問題ではなく、
有機的に絡まった一つの問題に思えてなりません。

…あれ、いつのまにか深刻な話になってしまった。
そんなつもりじゃなかったんだけれど…。(^_^;)

いつかこの事についても書けたらな、と思います。
ではまた!



本日は68位でした♪
あまり更新してないのに、拍手と応援有難うございます!\(^o^)/
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どこまでが自分?〜性格、感情も私のじゃない?〜


◼︎どこまでが自分?〜寄生生物あれこれ〜◼︎
の続きっぽい(?)ものです、笑。

以前、NHKスペシャルで、腸内フローラが特集されていました。
それで腸内細菌について書きたい、と思っていたのですが…。

ただ、腸内細菌のことは、知れば知るほど奥が深くて、
ささっとは書けないなーと反省。

詳しくは次回書くことにして、
今日は思ったことをざっと書きます。


人間1人にすむ腸内細菌の量は1000兆匹以上、
総量にすると、1〜2kgもいるんですって!

わー、1〜2kgの菌ってなにー、見てみたいーー!!
集めると、どんな色やどんな形になるんですかね!o( ̄▽ ̄o) ワクワク

こんな形だったらいいのに♪
moyashimon
「もやしもん」のオリゼーくん、麹菌です。


重要なのは腸内細菌が、
ガン、糖尿病、肥満、アレルギー、
若返りなどに関係あるらしいってこと。

さらに凄いのは、
感情や性格、幸福感すらも、
腸内細菌が関与しているらしい!


1000兆匹以上の他者が、
私としての性格や感情を作り出しているなら、

自分ってなんなんだろう?

自分が感じたり、考えたこと、行動したこと、
それを恥じたり誇ったりするのも、実はばかばかしい事なのかも!

だって私は私じゃなく、
腸内細菌たちが作ったものだとすれば、ね!

菌は自分じゃない、でも自分!!
となると自分というボーダーって、限りなく曖昧なんだなぁ。



さて、話は飛びますが、
つい先月まで、職場に発達障害のスタッフがいました。

彼女は、1、2年のスパンでいろんな職を転々としたあと、
この食品店にやってきた人でした。
でも、やっぱり、ここでも上手くいかなくて、
一年も居ずに、自分から辞めていきました。

彼女は、空気を読んだり、
相手の立場に立って考えることが出来ませんでした。

でも、病状だからしょうがない、と周りも大目にみていました。
彼女は、自己中心的な行動をとり続けましたが、
まったく自覚と悪気がなかったのです。

ところが辞めた後、彼女の仕事を引き継いでみてびっくり。

ずっと任されていた書類処理を、途中からせず、
最後の数ヶ月は、ただ隅に片付けていただけだったのです。

これは、病状とか、悪気がないとかのレベルじゃない!
あの人は意図的に仕事をしなかった…
つまり悪い人だ!!

私の自我はそう判断し、腹を立てました。

これまでの自己中心的な行為が、次々と思い出されます。
あれは、病状だったのか、それとも性格なのか。
病状だったら仕方ない、でも性格だったら許せないぞ!!


私の心中は穏やかではありませんでした。


でも…その怒りは正当なものなのだろうか。
しばらくたって、感情をぬきに考えてみました。

病状か、性格か?
私のエゴはどっちか判断して、断罪したがっています。
というか、結局のところ断罪したかったのです!

でも…どっちにしてもあまり違わないのかもしれない。

つまりね、性格や感情さえ(そして病気も)
個人で生み出したものでなく、
外部の影響で生み出されたものだとすれば…です。

例えば、性格や病気が
腸内細菌に起因したものだとします。

そうすると、今度はその腸内細菌は、
人間の食べ物によって、変わります。

そして、その食べ物は汚染されています。
多くの食べ物は、売ることが第一の目的なので、添加物や農薬にまみれ、
依存性のある(取り過ぎで害になる)ものであふれています。

この国に、鬱や発達障害などの精神疾患が増え、
自殺率も高く、花粉症などのアレルギーが増えているのは、
これらの食べ物のせいでは、とも思えます。

で、そうなると、今度は社会の問題なのですが、
それを選んでいるのは、やはり私たちの意識なのです!

それが変わらないかぎり、「私」という個を本当の意味で、
癒すことは出来ないだろうと思います。

もちろん「食べ物(環境)が悪いから、彼女が自己中になるのもしょうがない」
そう言いたいわけではないです。

でも、私たちが、私たちに対して抱く意識、
「他者を踏みつけにしても豊かになろう」という意識が、
今までにないような、病気や精神疾患を生み出しているのは、
間違いないように思うのです。

他者への思いがそのまま自分にくる。

だって、自分というボーダーなど、実は有って無いようなものだから。

結局は、腸内細菌も、食べ物を作ってくれる自然や人々も、みな自分。

それが腑に落ちて初めて、
真の人類の幸福につながるのではないでしょうか。




本日は64位でした、いつも拍手と応援有難うございます♪ (*゚▽゚*)
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死の覚悟と、今ここ


この前、ホーリーバジルティーを買いに、
国立の月船というお店に行きました。

そうしたら、そこのお店でも、
ホーリーバジルの種を配っていました。

なんだか、だんだんホーリーバジルの輪が広がっていますねー。
そのうち種を配るまでもなく、メジャーなハーブになるんでしょうね。

さて、すでに苗を育てている私ですが、
その種をもらってみました♪

なぜなら、ホーリーバジルには3種類あり、
配っているものは、どの種類かわからないそうなので、
育てて違いを見たかったからです。

あ、ちなみに、まだ私のところにも、
バジルの穂(中に種あり)があります。
なので欲しい方はご連絡ください、無料で差し上げます。
こちらは、オオヤラマ種のホーリーバジルです。

そしてこれが、今日のうちのバジルくん(下)とモリンガくん(上)です。

morinnga-bazil.jpg

モリンガくんは、最近、お客さんから、
超お勧めされた植物で、種をもらいました。

なんでも、食べると凄い健康効果があり、
酸素もよく出すので、環境にも良いとか…。

ただ、日本の冬には弱いらしいので、上手く育つと良いなー♪



さて、この間、Eテレの「100分de名著」で
「荘子」がやっていました。

あんまり知りませんでしたが、荘子ってすごいですね!

2300年前、国家が最優先される時代だったにも関わらず、
個人の幸せな生き方について書かれた、
中国の書物
だそうです。

あの有名な「胡蝶の夢」も、荘子のお話だとか。

万物はみな、ひとしい。
我を無くすことで、本当の主体性になれる。
未来の予測をせず(期待せず、憂えず)、今を遊ぶ。


まさに、悟りの境地でしょ?

面白そうだから「100分de名著」のテキストを探しに
本屋に行きました。

で、途中にある、石屋さんを冷やかしにのぞいてみました。

買うならあれだな…( ̄∀ ̄)ニヤリッ 

ショーウィンドウに飾られた、
くすんだクリーム色の球をみて、そう思います。

とりあえず選ぶだけならタダなので、選ぶのです、爆。

値札をみると『ひすい 2万円』
うん、買わない!

隣のアホー石の、まさしくアホらしい高額さに驚きつつも、
本屋に向かいます。

「100分de名著」の荘子のテキストを見つけたので、開きます。

……む、難しい…!

一瞬であきらめます、笑

仕方なく、ふらふら歩いていると、
本が平積みされているコーナーに来ました。
本屋のお勧めで、売れ筋の本が並べられています。

その中の一冊が目を引きます。

なんだっけ、どこかで見たような著者名…。

「あした死ぬかもよ?
人生最後の日に笑って死ねる27の質問」

ひすいこたろう著


ええと、ええと、ひすい…
覚えがあるのは、さっき見た石だからか!

ってことは、さすがに無く、(^◇^;)ゞ
(ボケキャラな私でも、さすがに石名と人名は混同しませぬ、笑)
黒澤(黒斎)さんのブログに書いてあった、
一緒に講演した人の名前だと、思い出しました。

読んでみると、
売れているだけあって、とても良い本でした。

今、あなたは死にました、何が心残りですか?

このような、いろいろな問いかけで、
自分の本心を探っていきます。

死を意識すると、今ここに生きられるようになる、
そんなメッセージのようにも、受け取れました。


人生の期限を意識することで、人生の大切さが分かる。

だから、思考に縛られた不自由な生き方の
バカバカしいさに気づき、
もっと軽く、本心にそった生き方になるのかもしれない…。


私たちは、世間の常識や、誰かの期待や、
未来への安心を得るために、命を消費しています。

でも、死を意識すると、それは重要でないことに気づきます。
だって、どれも死んだら持っていけないもの。

それより、後悔しない生き方や
満足できる生き方を望むようになる。

すると、大抵の人は、
自分の幸せと、
人の幸せのために生きることを選ぶ
のだとか。

そして、何かになろうと努力せず、今の自分で幸せでいる。
だって、明日死ぬのなら、何かになる時間もないから…。

死を語りつつも、生への喜びをうたった本と感じました。



未来に想いを馳せることが出来る私たち。

その結果、物欲と、他者からの搾取が良きものとされています。
果てなき未来のために、
果てなき資源の収集が必要
だからです。

でも、果てなき未来なんて、無いとしたら?
いま、この瞬間しか、幸せでいられないとしたら?


それが分かったときに、やっと人々は、
幸せを分かち合う事が出来るのかもしれません。


「今ここ」だけなら、十分に物は溢れているのです。
「今ここ」でなら、十分な優しさが分け合えるのです。

そして、それが地上の天国という事なのかもしれません…。



最近、地震や噴火などが多くなってきています。

天災は、私たちの寝ぼけた頭を揺すぶって、
「今ここにおいて、皆が幸せになるように」と
天が迫っているような気がする
のです。



本日は60位でした♪
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