私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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お金と苦しみ4
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ちょっと前の記事、「お金と苦しみ 2」からの流れなので、
その時の記事を一部、引用しますね。

引用〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

さて、先月の「月イチ☆」で、
「好きなことをして稼ぎたいのですが、
好きなことが何か、どうやって稼げるかわかりません」
という質問が、観衆からあがりました。

それに対して、黒斎さんは、こう言いました。
稼ぐという感覚を脇に置きましょう、と。

「稼ぐというのは、自分が何かをするという感覚です。
お金は、自分が苦労して持ってくる、という感覚。

しかし、自分の好きなことをしてお金を得ているひとは、
稼ぐという感覚が希薄です。

つまり、お金にたいする観念が違うんです。
お金はいただいているもの、という感覚なんです。


かつて、僕にとってお金は、ストレスの対価だったんです。
で、苦労して稼いだものだから、他人に支払うのも嫌だった。

そして、給料ももっと欲しかったけれど、
「お金=ストレスの対価」だから、
もっとヘロヘロになるまで頑張って、
それを、会社のみんなにアピールしていたんです。

もっとお金を貰うためには、
もっともっと頑張らなきゃ、
もっと、ストレスを溜め込まなくては!

もちろん、お金持ちに対しても肯定的じゃありませんでした。
だって、お金は苦労の対価なのに、
彼らは、苦労もせずに、お金を持っていますからね。

でも、もちろん、すごく苦労したお金持ちなら、
認められるし、尊敬できるんです。」


引用終わり〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

上記のように、
お金はストレス、苦痛の対価であった、と黒斎さん。

しかし、新しい時代になると、
お金に対する、私たちの考え方が変わるというのです。

スマホで、通信の規格3Gから、LTEへ移行し、
通信速度が増したように。
お金の価値観だって、
3GからLTEに変わるのだと、黒斎さんは言うのです。

今までお金に対して持っていた価値観は、
3G(義務、犠牲、我慢)でした。
それが、これからは、
LTE(Love Thanks Enjoy)になると言うのです。


「以前は、お金は僕が苦労して稼いでいるという、
家族に対してふんぞりかえった姿勢でした。
稼ぐというのは、自分の嫌なことをして、もらうお駄賃だったんです。

お金とは、自分が痛い思いをした証拠のもの。
だから、そう簡単には渡せないし、がめつくなる。」



もちろん、お金=苦痛の対価、というのは、
黒斎さんだけの考え方ではありません。

幸い黒斎さんは、あまり言われないそうですが、
同じような仕事をしている人たちが、
必ずもらう意見で、こういうものがあるそうです。

「神様のメッセージを発信して、
世の中を良くしようとしている人が、金をせしめるって何なんですか、
なんで無償でやらないんですか」


これは、「お金」=「苦痛」という発想があってこそのもの。
良いことをするのに、
人々の苦痛を要求するとは何事か、
という訳です。
ここには、お金は感謝である、という発想が欠けています。


それと、これは黒斎さんが言っていた事ではないですが。
お金を稼ぐ=自らの苦しみ、なのだから、
他人の苦しみも、仕方ないと思うようになります。
こうして、自他に対する苦しみが
正当化され、蔓延する
世の中になるのです。



でも、お金って、本当に苦痛の対価にすぎないんでしょうか?

会社員だったときの黒斎さんは、
もっと給料が欲しいなら、もっと苦しまなければいけない、
と無意識に思っていました。
自分がもっと苦しめば、もっとお金が貰えるんですね、
じゃあもっと、苦労しましょう、と。

「そういう思考でいるから、
自分が物を買う時にも、
『あなた、それに対してどれだけ苦労して作ったの?』って
買う物に対して、無意識に換算していたんです。

原価や原材料、技がどうか、ではなく、
『あなた、それをどれだけ苦労して、誠実にそれを作ったの?』とジャッジしていた。

で、同じ金額なら、苦労なしに作れたものなら高い、
逆に、すごく苦労して作ったものなら安いと、判断していたんです。

安いとは、つまりそんなに苦労しているのに、
その金額でいいんですか、っていう事です。

しかし、『安い感覚』をよく見てみると、
そこには感謝が含まれています。
つまり『こんなに苦労したものを、
こんな金額でいいんですか?』と思う事には、どこかに感謝がある。」


そして、会社と社員の関係にしても、それは当てはまります。

苦しめば給料が上がるんだ、と社員が思っていたとしても、
支払う側、会社からすれば、
社員が苦しんだから、じゃあお給料を上げましょう、にはなりません。

「実際には、働いて成果をあげてくれて有難う、が給料です。
つまり、ここでも、お金の本来の働きは『感謝』ではないか。

ならば、その『感謝』だけでいいのではないか。
いままで、無意識に相手に対して要求していた、
『苦痛や苦労』は不必要なのではないか。」



さて、あらゆる仕事、サービス。
それらは全て代行業ということに、気づいたといいます。

「それらは、自分がやってもいい仕事なんだよな、と。
野菜を食べたければ、野菜を育てればいい、
家が欲しければ、家を建てればいい。

でも、自分がやれないことはないけれど、
もっと上手に出来る人がいるなら、その人に任せた方がいい。
そういう意味で、全部の仕事って代行業なんだ。

で、その代行業をやってもらうんだったら、
代わりに、純粋な「有難う」を渡せばいいんだ。」
(「自分の苦しみ」としてのお金を渡すのではなく。
そして「相手の苦痛」としての作業を要求するのでもなく)


「そうすると、すごくね、
お金が回るって感覚が体感としてわかるようになったんです。
ああ、お金とは、本当に有難うだったのかもしれない。
それとね、応援なんだと。

それは、寄付などの可哀想という感覚ではなく、
頑張って下さい、という気持ちです。

今までは、「君の苦労に有難う(無意識に、相手に苦労を要求している)」でしたが、
そうではなく、純粋に応援と感謝の気持ちで、
お金を使うようになったら、とても気持ちいいんです。

そして、そういう心構えでいると、
お金の必要性もだんだん無くなっていくんです。

今までは、お金がないとあれが出来ない、
これが出来ない、と思っていました。

でも、お金は単純に感謝の気持ちにすぎない、と分かったら、
最悪、お金を払うことが出来なくても、
お金以外で感謝を示せばいいんだ、ということに気づいたんです。

それに、そこまでして欲しいものは、どれほどの物だろうと思ったら、
がめつくならない自分も生まれました。

そして、お金=有難う、になったとき、
どこで何を買うかも、はっきりしてきたんです。

物をどこで、何を買うかも、有難うに繋がってゆく。

つまり、物を買うというのは、その企業や人に、
感謝とともに、あなたの活動をこれからも続けて欲しいです、ということ。

もし、その人のやっていることに対して、
単純に感謝できないなら、購買に繋がりません。
応援しないということです。

感謝できる人へは、応援する気持ちとお金がゆく。

そして、自分の応援しているその人が頑張ってくれれば、
自分の理想とする社会構造に繋がってゆく
ことになるのです。」


そして、もちろん、お金持ちへの妬みや偏見も無くなります。

お金を持っているということは、
皆が応援したい人、皆から多大な感謝を受けている、
尊敬すべき人になるからです。

長くなったので、
もう一回だけ、続きます。(^_^;)


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本日は30位でした〜!
いつも応援と拍手、有難うございます♪\(^o^)/
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お金と苦しみ3
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安定して頼れるもの、
確固として依存できる外部のもの…。

多くの人にとってそれはお金です。
その他にも、宗教や信仰だという人もいるでしょう。

「お金で買えないものなんて、あるわけない」
一昔前、あるIT企業の社長は、そう言い放ちました。

彼は、そのことでバッシングされましたが、
彼一人を責めるわけにはいかないと思うのです。

私たち自身、「安心出来る絶対的なもの」
それを追い求めていたし、
それがあると信じていた
からです。

そして、私たちだって、
お金を万能とは思わなくっても、
頼れる基盤であることは疑わないでしょう。



このような、お金を代表とする外部のパワー。

それに、確固たる安心感を求め、
努力すれば、それを得られると思っていた時期がありました。

高度成長期やバブル期、そして、終身雇用が約束された時代。
誰もが、完璧な安定を得よう、
得れるはずだ、
と頑張っていた
のです。


しかし、いまや、安定感の代名詞とも言える大地ですら、
大きく揺らぐ時代です。

ましてや、国、政府の政策や、法律、
それらが、風に吹かれる砂丘のごとく、形が変わるさまを、
私たちは目の当たりにしています。

もはや、刻々と変化するそれらを土台にして、
自分を安定することは叶いません。
自身(自我)の努力だけでは、
どうにもならない
ことが分かってきたのです。

しかし、その変化を見て見ないふりをし、
既存のままだと自分を信じこませて、
私たちはいつも通り、走りまわっています。

だって、それ以外に、在り方を知らないからです。

向かう先は深い谷だと知っていても、
なお、突き進まずにいられない…。

海に突き進むレミングのように、
引き返すことが出来ないのが、今の私たちなのです。


……。
………あれ?
なんだか、お金のことから、
話がずれていっている気がしなくもない……汗
ええと、戻しますね(´Д`;)ゞ



お金を多く持っているにせよ、いないにせよ…。

私たちは、日常の苦しみとして、
お金に関する問題が、大半を占めるようになりました。

しかし、それも変な話です。

だってそもそも、お金とは単に、
生活を便利にするための道具だったはず
ですから。

そして人を幸せにするために、考案されたはずですから。


で、黒斎さんの講演を聞いて思ったことは、これなんです。

お金の 根底に流れる 本質、
それを私たちは見失ってしまったのでは、
ということです。

お金の本質、本来の意味が理解されず、
真価が発揮されないため、形骸化したパワーになりました。

本来の意味が忘れられた力は暴走し、私たちを苦しめます。

そして、形骸化しているゆえに、
どんなに貯めても、心は満たされません。

かと言って、お金が無ければ、死ぬほど不自由だし、
(そう、文字通り自殺するほど、です!
生きるためのツールで死ななくてはならないとは、なんて本末転倒!!)
運良く貯められたら貯められたで、みんなから妬まれて、敵意を向けられます。

幸せに暮らすためのツールが、
ここまで人を不幸にするのは、
お金の真価が忘れられているからに違いありません。


…あああっ!(´д`lll)
またしても、長くなってしまったので、次に続きます。
今度こそ、黒斎さんのお金の話です、たぶん…(;^_^A  

あっ、ちなみに黒斎さんのお金の話ですが、
彼の緑の本、◾︎もっと あの世に聞いた、この世の仕組み◾︎に載ってます。


ってか、私自身、この本はもう読んでるはずなのに、
講演を聞いても、ほとんど思い出せなかったという、
この体たらく…。

我ながら、恐ろしすぎる…((((;゜Д゜)))ガクブル

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本日は33位でした〜♪
このブログは、みなさまの優しさで成り立っております、
いつも、有難うございます♪(^_^)
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謙虚さと、真理を観る力
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おお〜、落ちてきてはいますが、
まだランキングに20位台なんですね、私史上、前代未聞だ〜。

もちろん、私の力ではありませんけど。

ランキングボタンを、押してくださる方がいて、
その前には、ブログというツールを作ってくれた人がいて、
もっと前に、インターネットというシステムを作った人がいて、
それより前には、コンピュータを作った方が…などなど。

そうして、はじめて私がやれたことです。

さらに言えば、ブログを書く能力…
つまり日本語を解し、日本語の文章を書く、というのも、
完全に私のものとは言えません。

もし、完全に私のものだとすれば、
私は、生まれながらにそれを有し、
死ぬまで失われることはないでしょう。

しかし、文章を書くことは、
赤ん坊の時は、出来かったのはもちろん、
今後、なにかのきっかけがあれば、
失われることのある能力でもあります。

自分でコントロールできないなら、
それは自分の物とは呼べません。

だから、あらゆるスキルは、自分のものではなく、
単に、贈り物にすぎないのかもしれません…。

だから、このブログだって自分自身の力ではない…。

さて、ここまで書いていて、
なんて私って、謙虚なのかしら〜と
自分で自分を褒めたいです! \(^o^)/


まぁ、実際には、理詰めで考えただけであり、
「謙虚さ」とは無縁なわけですけど、
とにかく言ってみたかったので、
言ってみました!
(;^_^A


ただ、「エゴを超える事=謙虚さ」と定義するなら、
謙虚さと呼べなくないのかもしれませんよね。


さて。
真に物事を見ようとする行為は、
常に、エゴを超えてしまう事に繋がると思うのですが、どうでしょう?

もちろん、私はエゴを超えたわけでないので、
その辺は、大人の読者さまに、
全力で、見て見ないふりをしていただくつもりですが、ええ!



さて、謙虚さ、で思い出したのですが。

昔すぎて、うろ覚えなので、
間違っていたらごめんなさい、
「生き方による癒し」のジャンポルスキー博士が、
彼の本の中で、こう書いていたと思います。

彼が息子を連れて、マザーテレサに会いに行った時のことです。
「人を助けるために一番大切な資質はなんですか?」と彼の息子が尋ねたところ、
マザーテレサはこう答えたというのです、
「それは謙虚さです」と。

人助けになぜ謙虚さが必要なのか?
マザーテレサの真意は、未だに理解できていませんが…。

もし「謙虚さとは、真の物事を見抜く」ということならば、
マザーテレサは、確かにそれをしていた、と思うのです。

どんなに苦しんでいる人がいても、
その悲惨な物語に引きずりこまれることなく、
その人の中に、イエス・キリスト(神、完全性)を見ていたからです。

全ての人の中に、神を見るということ。

それは、スクリーンに移ろいゆく影、儚いストーリーでなく、
ワンネスという実像、完全さにフォーカスしていた、ということです。


謙虚さとは、エゴの幻想性を見抜き、
真実を観る力。


このように定義するなら、
たしかに、人助けに謙虚さは、必要条件なのかもしれません。


もちろん、だからといって、
謙虚になるために、
エゴと戦えと言っているわけではないですよ〜。

謙虚さの反対である
「傲慢さ、強いエゴ」は、悪ではありません。

この世界はリーラ、神の遊びであるという観点では、
エゴは欠かせないものです。


自分(エゴ、主体)が世界を動かしているのだ、という思い込みなしには、
この世界を楽しむことはできないのです。
そういう点でエゴは、必須なのです。

しかし、もういい加減、
この世の獲得ゲームに飽き飽きしてしまったならば、
その思考を手放す時期なのだと思います。

デルフォイの神殿にかかげられていたという、
この言葉「汝自身を知れ」

それを学ぶ時期に入った、ということなのかもしれません。


…あっ、でも、でもね、
それも必須じゃないのかも。

というのもね、黒斎さんが言っていたのですがね、
それを、あらかじめ知識で得てしまうとですね…。

実際に、覚醒体験を得た時に、
感動が薄れてしまうそうですわよ、
おくさま!!
∑(゚д゚;)ガーン


まったく霊的な知識がなく、いきなり覚醒体験を得ると、
今までの常識とのギャップに、
「ええー!全然知らなかったけど、
本当の私ってこうだったんだ!! Σ( ̄□ ̄;) 」

と、ひどく感動するそうですが…。

知識があるということは、ある意味、
ネタバレしている
ということですから、
ええ〜私って神だったんだ、ちょー意外〜!!!にはならないそうです。

…あたりまえっすね。

で、黒斎さんは、阿部さんと、たまにこう話しているそうで。
「僕たちが、悟りって何かって教えてるって、良いことなのかな?
みんなの感動を奪ってるんじゃないかな」と。

……。
ま〜、このさい、知ってしまったものは、
しょうがないので、開き直って覚醒しませう、みなさま!笑

(↑ここも、ネタバレブログであるのを、
何とかごまかしたいらしい…)



あれ、おかしいな、
次は、黒斎さんのお金の話を書くって言ってたような気がする…。
つ、つぎよ、きっと!(;^_^A

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本日は27位でした〜♪
みなさま、有り難うございます!
で、前回の拍手にて、猫ファンが7名いることが判明…笑
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にゃんこは可愛いの原型
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なんか暑くて、難しいことを考えたくないので、
今日は、どうでもいい事をば、書きます。

なので、それでも良いというやさしき人、
読んで下さいませ〜♪

さて、
お前はカワイイだけを武器に生きてるんだろう、
ずるいぞ、むきー!と、ついインコをこねてしまう、よっし~です、
みなさん、こんにちは。

しかし、何かにつけて揉まれているインコたちは、
すでに全く動じる気配がなく、こちらも少々拍子抜けです。


さて、カワイイが武器といえば、
やっぱり最強は猫ではないでしょうか?

平等主義者のよっし~としては、
カワイイだけを武器に、
人間に取りいって生きている、あやつらだけは許せません!

つーことで、もし猫を飼っていたなら、
間違いなく、もんでもんで、もみまくっていますね!!

例えば、こちらのメインクーン。
ハァハァ…なんて揉みがいがありそうなボディでせうか…。

メインクーン
出典 aromahexe.img.jugem.jp

つか、その前に、あーた、その巨体はなんなんすか、
明らかにネコの域をこえているでしょう!

巨体もふもふ、反則だぁぁぁーー!!


……ハッ…(;´◇`) いかんいかん、つい…。


…さて。

自分だけでは生きられない幼いものを、
可愛く感じる感覚は、
子育てをする生き物に共通のものだと思います。

一部の鳥は、大きく開けた口が萌えポイントらしく、
通りがかりの鳥が、他人(鳥?)の巣のヒナに、
ついエサを与えてしまう、というのが観察されたりします。
(ついでに、よっし〜もあの口なら、エサを突っ込みたくなります♪)

さながら、よその子を覗きこみながら、
「あらー、坊やなんて可愛いいのー!ささっ、アメちゃん食べなさい」と、
要りもしないお菓子をあげてしまう、
関西のおばちゃん感覚でしょう。

また、ヒョウやライオンが、
獲物のヒヒやガゼルを倒したのに、
連れていた彼らの赤ちゃんは、殺さずに可愛がっていた、
という事も観察されています。

やっぱり、カワイイ最強!
種族は違っても、カワイイものはカワイイ!!

(話はずれるけど…。
大昔の人は、狩猟に役にたつから、
犬を飼い始めたというけれど、私は違うと思うの。
子犬が可愛いすぎて飼って、結果として役にも立った、が自然じゃないかなー?)


つまり、哺乳類なら、丸っこい、目が大きい、
目鼻立ちや体にくらべて頭が大きいなどのアンバランスさ…などなどが
赤ちゃんの特徴、カワイイポイントです。

ってか、それってば猫そのもの。

よっし~はどちらかというと犬派なのですが、
つーわけで、猫ブログ(マンガ)の萌え度は、
犬ブログより上じゃないかと思っているのです。

ってことで、私が好きな猫マンガのご紹介です。

〜・〜・〜・〜・〜

◼︎ペン太のこと◼︎
個性豊かなにゃんこ達が、生き生きと描かれています。
(コミック発売後の8月22日以降より、全部は読めなくなっちゃうらしい…。)

◼︎ほんとねこ◼︎
にゃんこたちの何気ない日常が、
すごく生き生きと可愛く描かれた絵日記ブログです。
そして、作者さんもとっても可愛い♪

◼︎猫嫌いの家に生まれた猫好きが猫と暮らす絵日記◼︎
野良猫の保護活動をされている作者さん…とにかく、偉すぎる。

◼︎しみことトモヱ◼︎
仲悪い二匹のにゃんこは、果たして仲良くなるのか?…ドキドキ。

〜・〜・〜・〜・〜

あー、なんて動物って可愛いんですかねっ!

可愛いだけで、あんなに優遇されていると思うと、
腹がたって、もまずにはいられません!!

で、ずるいぞ、ムキー!と、インコを揉んでしまい、
このブログの冒頭へと永久リピートしてしまう、
よっし〜なのでありました。(;´◇`)ゞ


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本日は、25位でした。
ミラクルがまだ続いているようで、すごすぎです (@◇@;)
本当に皆様のおかげとしか言いようがありません、有難うございます!

それと、読んでくださってるかわからないけど、
ノラドラさんには、本当に感謝、感謝です。
ノラドラさんのおかげで、
環境と身体によいホーリーバジルの知名度が上がったと思います♪
本当に、みなさま有難うございます!
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お金と苦しみ2
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台風すごいですね!
皆様のところは大丈夫でしょうか?

東京は、あまり雨は強くありませんが、
風の強さには、やはり脅威を感じます。

でも…。
子供の頃は、台風が好きだったんですけどね。

雨戸を閉めた、いつもと違った家の感じも好きでしたし、
雲がすごく早く動いて、
まるで、生き物のようなうねりを見せるのも好きでした。

そして、台風が過ぎた翌朝、
大気が、新鮮に生まれ変わるのも…。

だけど、今の台風って怖いですよね。
台風じゃなくても、強風やゲリラ豪雨も怖いです。
やっぱり昔と違うんだなぁ、と感じます。

とりあえず、
人間は戦争なんかしてる場合じゃないです、うん。

同じ人間同士で、調和できないとしたら、
自然とだって、調和できる訳がないじゃないですか。

と言いつつ…。
私に出来ることなんかなくて、
せいぜい、祈ることくらいなんですけど…。


ところで、今日は、
黒斎さんの講演、「月イチ☆」について書きたいと思います。
彼がお金について語ったことが、すごく納得できたので。

ああ、なるほど、
それで、私たちはお金に振り回されるのか、と感じたのです。



ちなみに、初めてここに来られた方も居るかもしれないので、
改めて説明しますね。

雲黒斎さんは、人気ブログ、
◼︎もっと あの世に聞いた、この世の仕組み◼︎のブロガーさんです。


で、面白いブログだったので、
昔から、たまに読んでいたのですが、完全な共感はしていませんでした。

というのも、そのころ、
「奇跡のコース」の考え方に共感していたからです。
そして、そこに書かれた「不二一元論」こそ、
世の中を説明できると感じていました。

なのに、黒斎さんのブログには、
努力して魂を磨いてゆく、という記事がありました。

それは、見方としてはありなのですが、
不二一元論的な発想では無かったのです。

だから面白いブログだな、と思いつつも、
それどまりだったのです。

しかし、彼の本を何気に立ち読みしてみて、ビックリ。
なんだ、根本は不二一元論じゃないか!

なのでたまに、東京で安く開催されている彼の講演会、
「月イチ☆」に行くようになったのです。


さて、先月の「月イチ☆」で、
「好きなことをして稼ぎたいのですが、
好きなことが何か、どうやって稼げるかわかりません」
という質問が、観衆からあがりました。

それに対して、黒斎さんは、こう言いました。
稼ぐという感覚を脇に置きましょう、と。

「稼ぐというのは、自分が何かをするという感覚です。
お金は、自分が苦労して持ってくる、という感覚。

しかし、自分の好きなことをしてお金を得ているひとは、
稼ぐという感覚が希薄です。

つまり、お金にたいする観念が違うんです。
お金はいただいているもの、という感覚なんです。


かつて、僕にとってお金は、ストレスの対価だったんです。
で、苦労して稼いだものだから、他人に支払うのも嫌だった。

そして、給料ももっと欲しかったけれど、
「お金=ストレスの対価」だから、
もっとヘロヘロになるまで頑張って、
それを、会社のみんなにアピールしていたんです。

もっとお金を貰うためには、
もっともっと頑張らなきゃ、
もっと、ストレスを溜め込まなくては!


もちろん、お金持ちに対しても肯定的じゃありませんでした。
だって、お金は苦労の対価なのに、
彼らは、苦労もせずに、お金を持っていますからね。

でも、もちろん、すごく苦労したお金持ちなら、
認められるし、尊敬できるんです。」



なるほど、それでか!

お金稼ぐには、苦しみが不可欠、
豊かになりたければ、まず苦しまないと…。

こう思っているために、私たちは当然、
お金を手放したくありません。

苦痛の対価を失えば、
またそれを得るために、再び苦しまなければいけないからです。

これこそ、貪欲さの原因です。

そして、お金を儲けるためなら、
他者の痛みも厭いません。

だって、自分が十分すぎるほど、苦しんでいるんですから。

自分がこんなに苦しんでいるんだから、
多少、他者が苦しんだって、仕方ないじゃないですか。
それ(苦しみ)が、お金を儲けるってことなんですから!

だから、家畜を苦しませることにも、
ためらいはありません。

だって、仕方ないじゃないですか。
お金は、苦しみの成果なんです、
自分も苦しむし、家畜も苦しむのが、当然なんです。

というわけで、ガチョウに強制給餌して、
太らせて、フォアグラを作ります。

水より安い牛乳を得るために、
ちゃんと飼えば10年以上乳を出す乳牛を
疲弊させ、2、3年で潰します。

もちろん、家畜に対してだけではありません。
他国の人を苦しめる武器も作ります。
それもこれもお金のためです。

そして、お金を得るのは、苦しみなのだから、
他人が苦しんだって、仕方ないじゃないか、とうそぶくのです。



次回は、黒斎さんが語るお金の話について
もっと詳しく書ければ、と思います。

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本日は18位でした〜!
まだ、ノラドラさんの栄光が続いているようで、凄すぎです。 (@◇@;)
いずれにしても、皆様のおかげとしか言いようがありません!
有難うございますm(_ _)m
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ノラドラさんにご紹介いただきました。
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8月1日に、大人気ブロガーのノラドラさんに、
私の稚拙な記事を紹介していただき、
一時、来客数がすごいことになりました。

ノラドラさん、ノラドラさんの読者の皆様、
有難うございます!

↓ノラドラさんからのご紹介記事
◼︎ホーリーバジル。◼︎

でも、そんな私ですが…。

悟りを目指すだけあって、
そんなことでは、けっして浮かれません!!


ええ、ええ、
人気ランキングとか、
一瞬、14位になったりもしましたけどもね?

それだって、素知らぬ顔で
スクリーンショットを撮るだけで、
そのボタンさばきだって、

冷静かつ、スタイリッシュだったんですからね?

8月2日のカウンターとか、
476人とか、前代未聞の数値でしたけど、
やっぱり、クールにスクショを撮るだけでしたからね?

こんな風に、いつだってよっし〜は、ちょう冷静なわけです。


……。

つか、むちゃくちゃ浮かれて
記念撮影してね?
と、突っ込んだそこのあなたっ!

なんつー痛い指摘なんだあぁぁ〜(>_<)

でもね、でもね、もう二度とこんなことないと思うとさぁ…!
ほら、大人ならさぁ、わかるでしょっ!!

も、もちろん、自分の実力じゃないことくらい、
わかりますですわよ。

でも、だからさー、撮りたいのよー。
二度とない栄光をっ、爆



さて、ちなみに通常時の来客数は、5、60人くらいで、
本当にまれに100人越えするかな、って感じです。

だから、500人近い来客数は、本当に前代未聞ですね。

でも、真の人気ブロガーの実力がどんなものか、
うかがい知れただけでも、興味深かったです。

いや、実際のノラドラさんのところは、
もっとすごいカウント数なんでしょうけれども…。


…あっ、そういや、
以前も似たような栄光(?)がありましたっけ。

あれは、1日6人しか来客数がなかった時代のことです。

知らんさんが書かれている、
「知らんものは知らん」という悟り系の人気ブログで、
この記事↓を頼んで紹介してもらったのです。

◼︎源泉かけ流しってすげー言葉じゃね?◼︎

そしたら、1日6人マックスのブログに、
一挙に、200人ちかくの来客数!!


で、数日後戻ったわけです、マックス6人に…爆

わはは、そんなもんです。

でもね、それも貴重な体験でした。

そして今回は、本当に有難うございます、
ノラドラさん&ノラドラさんの読者さま!

だってね、皆様のおかけで、一生、
このスクショを見て、強く生きれるのですからっ!!
(……つか、どんだけ寂しい人生なんだ?)


…おおっと。

今日は、「お金と苦痛」の記事が書けなかったけど、
次は絶対書きます。

だってね、やっぱりこれは、フォアグラだけでなく、
戦争にも関係することだから。


今回のガザの紛争、本当に心が痛みます。
そして、日本も急速に戦争に傾いています。

戦争、そしてまったく別問題に思えるフォアグラも…。

同じ根っこをもつ問題から発生しているのではないか、と思うのです。

そして、それは
「お金を稼ぐことは苦痛である」、
「苦しみの対価として、お金がある」
という概念からではないか…。

(お金をパワーと言いかえてもいいです)

たかが、概念。
でもその概念が、ここまで人を追い詰めたのではないか、と思うのです。

世界を牛耳る秘密結社や、意地の悪い宇宙人が
人間を操作して、戦争を起こしているわけではありません。

…いや、ほんとのところは知らないですけどね…(^_^;)

でも、もし彼らがいたとしても、
彼らも間違いなく、その概念の犠牲者です。

私たち全員が持つ、お金(パワー)に対しての間違った概念…。

あくまで、実際のお金が悪いわけではありません。

ただ単に、お金にまつわる概念が間違っているから、
苦痛と、果てない貪欲さが生まれるのです。

そんなことを、もっと詳しく書ければと思っています。


踊る大捜査線じゃないけれど…。

敵や戦いは、外側から起きているんじゃない、
内面から起きているんだ!!
(・`ω・) b ドヤッ!

↑とりあえず、ドヤ顔すれば、キマると思ってるヒト…(;^_^A


今までの方も、ノラ家さんから来られた方も、
読んでくれて、本当にありがとうございます♪ m(_ _)m

ちなみにカウンター画面に、
ポインタを置くと一週間分の来客数がわかります、
動向に興味があるかたはどうぞ♪



air_rank[1]
本日は15位でした〜。
おおう、まだ栄光が続いているなんて、アンビリバボー!
もっとスクショを撮り続けるべきなんでしょうか、神様!
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