私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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お金と苦しみ1
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ご紹介したMGM、御予約いただきました、
ほんとうに、本当に有難うございます♪

ちなみに、MGMって、鉱物的にはたんなる水晶、
つまりクォーツなんです。

ただ、クリスタルの大御所であり、
この石の発見者でもあるメロディ♪が、
この産地の水晶は、エネルギー的に凄くて、
クリスタルヒーリングにも使える、とお墨付きを与えたものなのです。

なので、鉱物的には、ごくごくありふれた石英。

エネルギーが分かる人ならともかく、
外見上は、普通の水晶と何ら変わらない…。

そう考えて、
最近の中国の食品消費期限偽装を思い出しました。

で、思ったのです。

中国だったら、普通の水晶をMGMと言って高く売り、
きっと悪びれないだろうな、と。

も、もちろん、
よっし〜は、けしてそんな事はしませんよ。
(;^Д^A 

な、なぜって?
それは、私はすっげー良いひとだから!(`・∀・´)エッヘン!!
…本人がそういうんだから、たぶん間違いないだろう、うん。


…ええと…なんだか説得力にかけるんで… (;^_^A
ちゃんと本当のことを言いますと…。

「他人を騙す」ということは、
それで得られるものなんかより、全然リスクが高いのです。


…リスクが高いというのも、違うかもしれない。
究極的にリスクしかない、と言いきっていいかもしれない。

それが理解できると、
他人に対して、故意に苦痛を与えること
(この場合なら「騙すこと」ですね)をしなくなります。

それが理解できないから、
中国みたいな事が起こるのです。

例えば…。

誰だって、お腹が空いたからと言って、
自分の腕を食べようとはしないでしょう?

それが愚かな行為だと分かっているからです。

でも、私たちはそれと同じようなことをしています。
ただ、それがちょっと理解できていないだけで…。


たしかに、中国のモラルは、目を覆いたくなるほど酷いです。

しかし、ここまで酷いことで、
私たちに内在する愚かさを、
ハッキリ認識させてくれたような気もするのです。

つまり、資本主義社会の住民なら、
だれもが多かれ少なかれ、持つであろう気持ち…

「お金さえ儲かれば
他のことなど、二の次なのだ」


その思考の行く末を。

そして、その思考が同じく、
フォアグラを作り出していると思うのです。

そしてね、さらに…。
この間行った黒斎さんの講演で、ある話が出て、
なるほどと思ったのです。

それは、お金と苦痛の関係についての話でした。

それが、私たちの認識をさらにゆがませているんです。

お金への認識がゆがんでいるから、
お金に関わることが
自分と他者を苦しめる結果へと、自然と繋がってしまうのです。

ちょっと長くなりそうなので、続きます〜。

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今日は、34位でした〜♪
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ありのままになれない訳
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昨日は、昨日で暑かったし、帰りが大雨で大変でしたっ!
で、今日は今日で、ちょー暑かったですね!

なんだか異常気象が普通で、
どういうのが、普通の気候なんだか、
思い出せなくなりそうなよっし〜です。

そんな中、地球さんは、
今日もがんばってくれていて、ほんとに有難うです!!


さて、次回は、フォアグラについて書くと言ったものの…。
私は、つくづく続きものは向かないな〜と実感。(>_<)

というのも、時間が過ぎると、
テンションが変わってしまうんです。
書く気分を逃すというか、なんというか…。

…我ながら、ひどいっす。(;´Д`A

でも、まぁ、書いているうちに、
繋がることがあるかもしれないと、
頑張って、なにか書いてみます!



ところでこの間、
久しぶりに黒斎さんの月イチ☆に行ってきました。

ここへ来るたびに思うのですが、
本当に、黒斎さんの喋りってすごいですよね。

イメージや抽象的な思考を、
上手に例えたり、分かりやすく言語化したり…。

言語で伝える能力がずば抜けて高いんだろうな、と思います。

なのに、今回の講演で彼はこう語ったのです。

僕、本当は話は得意じゃなかった、
だから会社員時代の友人が、今の僕をみたりすると、
別人だって言われるんです、と。

「今考えると、小さい頃から場の空気が読めない子だった。
だから、みんなが盛り上がっている時、
割って入ると、場がしらけちゃったりした。

なんどもそういう体験をしているから、
楽しく話して、みんなを盛り上げたいと思っていても、
自分には出来ないことだと、気持ちを抑えて、
喋れずにいたんです。

でもね、気づきが起こってから、
やりたいことを抑えることが出来なくなった。
もう、人に引かれてもいいや、やりたいことをやろう!

で、アナと雪の女王じゃないけれど、
ありのままの姿みせたのよ!

で、どうなったかというと、周りは、
少しも寒くないわ、となったわけ!!


会場、爆笑!

がははー!!
喋りやっぱり上手いじゃん、爆!



でね、これを聞いて、
なるほどな〜、と納得したのです。

前々回の記事で、
「周りを思いやれる人は、
視野が広がって、さらなる知恵や知識が持てるのではないか?」
と書きましたが、これこそそうだよなぁ、と。

私の中の定義では、
周りを思いやれる=全体性に貢献する人=ワンネスとの繋がりが強い人
だと思っています。

で、ワンネスとの繋がりがあると、
繋がってなかったときには、使えなかった知恵やスキルも、
使えるようになると思うのです。

ネットに繋がったパソコンか、
スタンドアロンのパソコンかの違いですね。

で、喋りも文章も下手だった、という黒斎さんが、
ここまで素晴らしい講演が出来るようになったのは、
それだと思うんですよね。

黒斎さんの喋りは、少しも寒くないわ、どころか、
すっごい面白いですもん!



さて…話は変わりますが。

なんで生きているんだろう、と疑問に思うときは、
かならず、生きていることが苦しい時です。

逆に、楽しいときには、
生きることに、疑問なんか持ったりしないものです。

これって、すごく不思議だったりしませんか?

つまり…生きていることが楽しければ、
悩まないし、ありのままでいられます。

◯◯をしなければ、◯◯にならなければ、という行動指針や
モラルもなくなります。

なぜかと言えば、
◯◯しなければ、という思考が生まれるのは、
今、幸せでないから、
将来的に幸せになるための行動しよう、という事だからです。

つまり、いま幸せである、という前提があれば、
人は何もする必要もないし、
結果、ありのままになってしまうのです。

ありのままになったとき、
悟りも、正しさも、
戦いも、何かを求めることも、必要なくなります。

つまり「ありのままでいい」とは十分である、ということです。

しかし、私たちは求め続けますし、
人生に疑問を感じています。

なぜなら、幸せじゃないし、
満たされていないと考えるためです。

そしてぶっちゃけ、今の社会では、
「ありのまま」ではいけないのです。

どんなに、ありのままを見せるのよ、と歌ったって、
エルサも結局は、自由奔放な生き方を選択しませんでした。

たぶん、それが現代の社会構造だからです。
社会は、依存と欠乏を必要としているのです。

だから、現代社会では、
現状への満足は停滞とみなされます。
ありのままも、身勝手とみなされるかもしれません。


そんな、社会構造から外れる、ありのままを、
私たちは恐れてもいるのです。

お金持ちや、満たされているように見える人ですら、
次に何をしようかと必死です。

なぜなら、社会構造上、どんなに持っていたとしても、
今の「ありのまま」では、足りないからです。

とにかく、さらなる上を求め続ける社会構造…。

それは、肉体的な快楽についてもそうです。
必要以上に、五感の快楽を得ようとしています。

味覚の快楽…
フォアグラなんて、まさにそうですよね。

あれは、金額からいっても、
手間暇から見ても、
必要不可欠で日常的な食物ではありません。

そして、もちろん、ありのままの鳥肉でもありません。

なにしろ、無理やり、鳥の喉に餌を突っ込んで
脂肪肝にした病気の肉なのです。

そういう意味で、究極の嗜好品と言えるかもしれず、
お値段も張るのかもしれませんが…。

強制給餌という、鳥に苦しみを与えてまで、
どうして、味覚の快楽を追求したいのか。

ここに、個として切り離された人間の
欠乏と悲しみが見え隠れしている気がしてなりません。


……
…なんだかんだで、
フォアグラに繋がったみたいです…(;^_^A

いや、次回こそ、
フォアグラについて思ったことをきっちり
書きたいと思います!

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今日は、41位でした〜♪
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正義という残酷さ
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フォアグラの作り方は、
鳥を無理やり病気にするという
むごいものらしいとは、知っていました。

ただ、私自身、ベジタリアンでもあるし、
フォアグラなんて、縁がなかったものでして。

(まぁ、ベジと言っても、ゆるすぎて、
まったく褒められたものではないんですけどね…。(^_^;) )

なので、そんなむごそうなものを、
あえて調べることはありませんでした。

しかし、最近うっかりネットで見てしまい、
予想以上だったのでビックリ。


でもまあ、この事については、
ブログに書かない方がいいかな、と思っていました。

暗い話題だし、
家畜で生計を立てている人は沢山いるし、
なにより私も、
エゴの視点から記事を書くのではないか、と恐れていたためです。

でも、何日も、つい思い出してしまうので、
書いた方がいいのかな、と思い直しました。


だから…

願わくば、この記事が、
私のエゴからの視点になりませんように。

できれば、家畜側からの思いも伝えられたらいいのに、とは思いますが。
こんな時、チャネリングとか出来て、
家畜の思いが理解できたらいいのに、と。

…まあ、ぶっちゃけ無理ですけど。(^_^;)



さて、私自身、動物愛護からくる主張主義は、
あまり好みません。

うーん、
正確にいうと「動物愛護」ではないですね。
「正義」と言った方がピッタリきます。

正義による主義主張・争いは、本当に惨いものです。
正しいゆえに、とことん残酷になれるからです。



たしか、動物学者のコンラート・ローレンツの本にあったと
記憶していますが…。

そこには、本当に残酷な喧嘩をするのは、
牙をもつオオカミなどでなく、
武器を持たないウサギやハトである、と書かれていました。

仲間同士で、ウサギやハトが喧嘩をしたとします。
自然状況では、負けた方が逃げられるので、平穏に終わります。

しかし、もし不幸にも、
飼われているかして、ゲージにいた場合、
本当にむごい状態になるというのです。

殺傷能力の低い歯やくちばし、翼で、
相手にダメージを延々と与え続け、
相手がボロボロで動けなくなっても、攻撃の手を緩めないというのです。


対して、鋭い牙や爪をもつ動物は、そうではありません。

高い殺傷能力をもつ動物は、
仲間同士、喧嘩をしても、
殺しあわないようなストッパーがかかるのです。

負けそうな犬が許しをこうて、相手に腹を見せれば、
どんなに怒っていた相手も、
噛みつくことが出来なくなる、という風にです。

そうでなければ、強い動物ほど、
同族同士の喧嘩で滅んでしまうでしょうから、
自然は、ほんとうに上手くできているなと思います。


さて。

同じように、私たち人間も、
牙をもつ動物のように、残酷さを持っています。

そして、肉食獣のように、自身が凶暴であることに、
気づけているうちは、
自分にストッパーをかけることも出来ます。

しかし、自分の中に、正義・優しさしか見ていない場合、
ストッパーが完全に外れます。

つまり、自分に残酷さがあることを知らない人は、
とことん残酷になりうる
のです。
そう、いかにも優しそうなウサギやハトのように。

残酷さを覆い隠すもの、それが正義です。
だって、正しい行いが、間違っているはずがないでしょう?

正しさは、あらゆる行動を正当化します。
それが、残酷さであってもです。


だから、動物愛護団体と名乗っても、
人間に対しては、とことん凶暴な集団があったりします。

宗教戦争が酷いのも、そのせいです。

彼らは、自分が凶暴であるとは、気づいていません。

だって、考えてもみてください、
彼らは、正しい行動をしているだけなのですよ?

だから、ストッパーもかかるはずがないのです。


…ってことで、私自身、フォアグラをモチーフとした、
正義のための戦いをするのではないか、
それは嫌だなぁ、と思っていたわけです。

しかし、相手を批判するのではなく、
内にある愚かさとして、無知として描くのなら、
それもまたありかな、と考えなおしたのです。


ああっ〜。
前置きだけなのに、こんなに長くなってしまった…。

…ので、次に続きます。



あっ、それと最近のどうでもいい話をば…。(^◇^;)

アリエッティ、この間テレビでやってましたねっ!

昔、この映画を友人と見に行ったのですが、
象徴的に3度、現れたカラスが気になってました。

で、「あのカラス、何だったの?」って友人に聞いたら、
「カラスなんていたっけ?」と衝撃的な言葉が返ってきました、笑

(もちろん、よっし〜が、とくに注意深かったはずもなく、
ただ単に、好きなところを見ていただけだと思われます…。
逆に友人が見てたところが、気づかなかったりしたし、汗)


で、この映画を見た別の人にも聞いたのですが、
やっぱり、カラスなんて覚えていない…と言われてしまった…(;^_^A

でも、この人は
「だとしたら、それは猫の恩返しのオマージュだろう」と
教えてくれました。

で、最近、ネット検索してみたのですが、
カラスはアリエッティを襲ってるとの意見が多くて、またまたビックリ。

だってね、
カラス、アリエッティを
助けてると思ってた
んです!!
そりゃ、アリエッティ自身は、襲われたと思ってるけど…。

一度目は、アリエッティを狙ってる猫をやっつけてます。
で、二度目は、人間の前に現れようとしているところを、
「人間に見られちゃいけないはずだろっ」って感じで突っ込んできてたし、
三度目は、旅立つアリエッティを空から旋回しながら見守ってたんです。

ほんと、そーゆーふうに見えますので、
機会があったら注意してみてね♪
いや、まったくもって、どうでもいい話なんですけどね、笑

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今日は、29位でした〜♪
それもこれも、貴方のおかげです、いつも有難うございます(*^_^*)
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知識と視野 広さの関連性
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私は食品店で働いています。
そして、たまにお客さんで、
不思議な方を見かけたりします。

それは、食品の安全性に神経質な人たちです。

もちろん、それ自体はとても良い事です。

たいてい、そういう人は意識が高く、知識もあり、
良い食品を選ぶ能力があるからです。

そして、そういう人が、良い商品を購入することで、
良心的な生産者に、利益と存続の道を与えています。

しかし、私が話しているのは、
そのような人たちのことではありません。

異常に神経質質なのに、なぜか知識がない人たちの事です。
それはいいのですが、細かい質問を長々としてきたりします。

しかも、どれも的外れというか、
不思議とちぐはぐな質問
なのです。

これって、天然ですか、自然食品ですか、栄養ありますか、
有機JASですか、無添加ですか?などなど。

もちろん、食品にあまり興味がない人が、
こうした質問をするのはわかるのです。

問題は、すごく食品に神経質なお客さんだと言うことです。
そして、ここ以外でも、
いろいろ聞いているに違いない感じの人です。

(全てものは、天然物からできていますし、
天然だからといって、害がないという訳ではありません。
また、正式には、自然食品というものに定義はありません。
また、栄養といっても、どの成分や効果を狙っての栄養かで、
定義は変わりますよね?
食料がない時代はカロリーが高いものが栄養と呼ばれたでしょうが、
今は、過剰すぎて害だ、と言われていますし…。
それに、有機JASといっても、無農薬とは限りませんけど…。)


そんなことをつらつら考えながらも、
その人が具体的に欲しているもののリサーチから入ります。
が、たいてい具体的な質問に、ちゃんと答えられません。

とにかく、自分にとって良いものを、という意識はあるけれど、
自分にとっての「良い」とはどういうことなのかが
理解できてない
ようなのです。

自分の基準がないので、世間がいう「良い」
という基準をやたら信奉しています。

天然のものだったら、体にいい。
栄養があるものが、体にいい。
とにもかくにも、無添加を。
有機JAS、最高!…などなど。


不思議なのですが、こういう人に限って、
他のお客さんの対応をしているときに、
横から割って入ってきたりします。

つまり、周りへの気遣いがまったくないのです。

周りで起こっていることが見えていない、
とにかく自分が第一なのです。

ちぐはぐな質問だし、話は長いし、
根本的な安全性の問題には興味を示さないし、
こちらへの気遣いもないわで、話していても疲れてしまいます。

高齢者の方なら、周りへの気遣いが出来なかったり、
難しい話が理解しずらいのもわかります。

しかし、得てしてそういう人は、若い人も多いのです。

そして、職場のみんなに聞くと、
あまり接していないスタッフでさえ、
そのお客さんは苦手だと言います。

すごいクレーマーだったり、
実害のあるお客さんでないのに、
この嫌われっぷりは、何だろう?

あまり話さないスタッフでさえ、違和感を感じるってことは、
嫌われるオーラとかあるのかな?


ある時、スタッフの一人に尋ねてみました。

「どうして、的外れな質問ばかりするのだろう、
あれだけ人に質問して知識がたまらないのは、なぜだろう」と。

「だって、あの人たち、自分のことしか考えてないもの。
自分にしか興味がないから、
視野が狭く、見るものも偏っていて、
ちゃんと物が見れてない。

だから、ちゃんとした質問だって、出来るわけないよ。」


ああ、なるほど、すごい!!

自分に対する見方が、
外界に対する見方と、見事にリンクしているんだ!


自分にしか興味がない人は、
狭い視野ゆえ、知識も広がらない。
だから、言っていることも行動も、どこかしらちぐはぐ。
そして、自分では、そうする気もないのに、
なぜか、他人に嫌われてゆく…。

だとすれば、逆に。

周りを思いやれる人は、
視野が広がって、さらなる知恵や知識が持てるのではないか?
で、意識しなくとも、他人と仲良くやってゆけるに違いない…。

だとすれば…。
これはきっと、個人以外にも、
当てはまることではないか…。

たとえば、
人間は今、全人類に対して、貢献しているとは思えません。

それは、自分の国という個に異常に執着して、
人類としての全体の利を
阻害している為
ではないでしょうか?

個に執着して、平和憲法を壊そうとする、
どこかの国の政府みたく…。

で、個に執着すればするほど、それに比例して視野が狭くなるから、
ベストな言動が選択できなくなる。

どこかしら、いつもちぐはぐ、なのです。

政府が、集団的自衛権の必要性を述べても、
何か釈然としないのは、そのためではないでしょうか。

そして、視野が狭く、見るものにフィルターがかかっているゆえに、
それが、どんな結果を招くかもまったく見通せない
のです。

盲目での暴走、という訳です。
考えただけで恐ろしいです。

そして、悲しい事に、
もはや、地球環境的にみても、
人類にあまり時間は無いと思われます。

自分しか関心がなく、的外れなことばかりする人類を、
病気の地球が、どこまで支えることができるのか…。

本当に疑問です。

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願わくば、私も全体性(広い視野)に貢献できますように、と願ってやみません。

さて、今日は36位でした〜(^O^)
そこのあなたっ!ええ、あなたです、いつも有難うございます♪
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石販売のお知らせ
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若いアボカドを熟させようと待ちすぎて、
気がついたら中まで真っ黒にしてしまう、よっし〜です。

つい先日も、楽しみして買った二つを、
両方ともおじゃんにしてしまいました…。(T ^ T)ひーん


さて、唐突ですが、すみません!m(_ _)m
今日は、純粋にお知らせです。


石に興味がない方は、
寛大な心と、華麗なステップで、
優雅にスルーしてくださいませませ〜。


では…。いきますですよ。

あれは…。
まだ、消費税が5%だった、大昔のことじゃった…。
まだ、幼かった私は、、、


…。
……いや、違う違う、
それって今年の3月のことですしっ!
増税ショックのせいで、少々おかしくなっていますねっ (;^_^A

まぁ、ともかく、そんな3月のおりです。
生まれて初めて、石とゆーものを仕入れてみました!



以前より、今の職場環境の悪さから、
何か、別の仕事が始められないかと思っていた私。

自分でなにか、アクセサリーを作って販売できないかと考えつつ、
それ以外にも、天然石も販売できたら、と思っていました。

で、消費税アップを前に、
石好きには知る人ぞ知る、アースラブワークスさんより、
石の仕入れをしてみたのです。

でね、アースラブワークスさんは、
お店専用の卸なんです。

なので、私も今後、ネット販売をすることを約束に、
石を卸していただいたのです。

で、でですね…。(~_~;)

そんな約束をしたのにも関わらず、
日々がどんどん過ぎていき…。

ええと…今月って、何月でしたっけぇ?!
か、考えたくありません!!(>_<)

とゆーふうに、現実逃避しておりましたら、
あっというまに、7月に…。

なのに、ネットショップは出来てませーん。(>_<)

こうなったら、背に腹は代えられませぬ…。

ネットショップを作るよりさきに、
とりいそぎ数点だけでも、こちらでご紹介しておこう、と思った次第です。

なので、石に興味がない方は、
華麗にスルーをお願いします、
よろしくお願いします、すみません〜 m(_ _)m

〜・〜・〜・〜・〜・〜・

2014.7.ishiA

1番 レインボウ ボージャイストーン…… 11,800円(税込)

2番 レインボウ ボージャイストーン (フィギュアエイト型)……13,800円(税込)

3番 メタモルフォーシス クォーツ&
スーパーセブン シルバーベンダントヘッド……36,800円(税込)

4番 エピトード イン クォーツ………6,200円(税込)

5番 メロディ グリーン マイン(MGM、クォーツ)……… 22,300円(税込


右にある十円ぽいのは…。
十円です、石ではありません、笑
色とサイズを認識しやすいよう置いています。

よっし〜が販売する石なぞ、
欲しい方がいらっしゃるか、はなはだ疑問なのですが…。(>_<)

今回は、送料無料で考えていますので、
もし、ご興味がありましたら、
右下にある、メールフォームにて、問い合わせください。

購入以外にも、質問や、
別角度からの写真の希望なども承りますので、
お気軽にどうぞ。
(すぐのお返事ができない場合もありますが、
必ずお返事しますので、ご了承ください。)

まぁ、売れなくてもね、
はじめの一歩を踏み出すのが大事なんです、きっと、うん。
(↑自分に言い聞かせてる、汗)


2014.7.ishiB
レインボウ ボージャイストーン
上……13,800円(税込)御売約済、ありがとうございました♪
下……11,800円(税込)


ひどい写真すぎて、レインボーのキラキラが台無しですね…。
本物は、これより倍くらいキラキラしているのですが。

1番(下の丸い石)は、
メタリックブルーと金色のキラキラが混じり合った感じの色合いです。

2番(上の石)は、フィギアエイトと呼ばれる8の字フォルムです。
金色のキラキラした石です。
エネルギー的に安定したフォルムで、
エネルギーワーカーさんに人気のある形だそうです。

本当は、この石でアクセサリー作りたかったのですが…。
光で退色してしまうので、無理らしいです、残念。


2014.7.ishiC
シルバーベンダントヘッド
36,800円(税込)

スーパーセブンに、メタモルフォーシスをかぶせた、
カボッションカットの珍しいルースに、
シルバー925で、ペンダントヘッドにしました。

光によってですが、ムーンストーンのような、シラーが出ます。
(動く白い筋の光です。
写真では、光の加減で下部が切れていますが、下まである一本筋です。)

白い紙に置いた写真では、スーパーセブンの内包物や
アメシストのうす紫も観察できますが、
ペンダントとして着けたときには、
見えないので、かなり地味石かも…。

2014.7.ishiD

裏からみたところ。裏の石はスーパーセブンです。
(クリックで拡大します)

2014.7.ishiE

下からみたところ。(クリックで拡大します。)
欠点は、このように、ルースの厚みが均一でないことと、
はじめの写真で分かるように、
石の止め口のシルバーが、わずかによれて見えるところです。

この石には、メロディ♪によるスーパーセブンと、メタモルフォーシスの、
2枚の証明書が付きます。

もともと、アクセサリー用でなくワーク用の石だったので、
エネルギーワーク用にも、使えるのではないかと思います。


2014.7.ishiF
4番 エピトード イン クォーツ
6,200円(税込)

エピトードという、グリーンの鉱物が混じったクォーツです。
これを見たとき、枯山水的な、そしてジオラマ的な風貌に爆笑してしまいました。
写真では分かりづらいですが、
緑はもう少しはっきりしていて、水晶ももっとクリアに見えます。

その水晶が、苔むした岩肌を流れ落ちる清水みたいで、
滝のジオラマっぽいのです。
写真では茶色く見えるところも、ラメっぽく光っています。
さながら、日に照らされて輝く水しぶきのようです。

自然を模した風貌が、本当に素敵で可愛いです。
個人的に、大好きなルックスの石です。


2014.7.ishiG
5番 メロディ グリーン マイン(MGM)
22,300円(税込) 御売約済、ありがとうございました♪

メロディ♪のクリスタルヒーリングを習った人には、欠かせない石の一つ。

クリスタルヒーリングは、各チャクラを活性化させてから行います。
この石は、チャクラに30秒置くだけで、チャクラが活性化します。
また、身につけることで、エネルギープロテクションになると言われます。

この石は、大きい結晶の真ん中にクラックがあり、
黒い鉱物が内包されています。
レインボーもあります。

この石には、メロディ♪の証明書が付きます。

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今回はお知らせだけですみませんでした〜。
でも、ようやくちょっとだけ、肩の荷が下りました。

今日のランキングは37位でした、みなさま、いつも有難う♪
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受け入れること、理解すること。
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愛しなさい、とはスピ系でよく言われますが、
ぶっちゃけ、よく分からない言葉でもあります。

少なくとも、私にはわかりません!<( ̄^ ̄)>エッヘン
(威張ることかヨ…(^_^;) )


以前、月イチ☆で、黒斎さんに、
男女間とワンネスの愛の違いについて、尋ねた人がいました。
いわゆる、エロスとアガペですね。

すると彼はこう答えました。

僕たちは、本当の愛を知りません。
僕たちが愛と呼んでいるのは、すべて、
自我にとって、都合のいい状態を得るための取引だからです。



私たちは、愛を知らない…。

スピでよく「愛しなさい」と言われます。
愛すれば、生きることが楽になりますよ、と。

でも、愛が何か分らなければ、それって難しくないですか?

なので、よっし〜の場合、
愛に対しては、長いこと思考停止してました、笑



前回、「なまけ者のさとり方」を引用したついでに、
この本を読み返してみました。

すると愛について、このように書かれていました。

「愛とは、他の人とスペースを共有すること」

ここには「他の人と」とありますが、
彼は「すべての存在が生きているし、
一つの同じものから出来ている」と言っているので、
「全ての存在と」と言い換えられるでしょう。

また、こうも言います。
「愛が最も気高く、最も神聖な行為であるのは、
愛がその中に常に愛でないものまで包み込んでいるからです。」


もしそうならば、
全てを受け入れる姿勢が愛といえるでしょう。



しかし、苦しみや悲しみの多いこの世で、
すべてを受け入れるということは、可能でしょうか?

通常の考えだと、
苦しみを受け入れることは、
従順な被害者になるだけだと思われています。

それより、戦うか、逃げ出すかが、
苦しみから抜けだす最善の策と考えられています。

しかし、戦いは、さらなる戦いを呼ぶし、
逃げ出せば、逃げ出した先でも、同じようなことが起こったりします。

意識は、注目するものを強調するので、
戦ったり、逃げ出す行為そのものが、苦痛の状況を長引かせるのです。

だから、今だに人類は、苦痛から抜け出せてはいないし、
精神的苦痛だけでいえば、昔よりずっと酷いくらいです。


でも、嫌なものを受け入れること(愛すること)は
現実的に可能なのでしょうか?

第一、受け入れられるくらいなら、
嫌にはならなかったでしょうし…(^_^;)

しかし、
もし出来るとするなら…。

たぶん、嫌なものや
苦痛の存在意義が分かることが
絶対的に必要
だと思うのです。

そして、それはまさしく価値観、視点の転換をするという事です。
行動ではなく、在り方を変えることです。

以前、 ◼︎すべて良し、ということ◾︎で、書きましたが、
おバカな勇者ヨシヒコを暖かい目で見れるかどうかは、
視点によります、笑

距離を置いて見る、
つまり、神の視点で見ることが必要
なのではないでしょうか。


それに本質的に、
私たちは、騒動やドラマが大好きです。

なぜなら、それこそ、神(ワンネス)が、
体験したかった事だからです。

以前も話題にした本、
ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」で例えてみましょう。

この本の主人公、ふとっちょでいじめられっ子のバスチアンは、
古本屋で見つけた「はてしない物語」に、
運命的に出会い、読み始めます。

その本には、ファンタージエンという不思議の世界が描かれ、
勇者の少年、アトレーユが登場します。
アトレーユは、滅びゆくファンタージエン国を救うため、
救い主である、人間の子どもを探す旅に出ます。

大変な冒険の末、親友である愛馬を失い、
結局、人間の子も探せなかったアトレーユ。

傷心の彼は、旅を依頼した幼心の君に、このことを詫びます。

すると、幼心の君はよくやり遂げてくれた、と微笑みます。

なんと、探せなかったと思っていた人間の子どもは、
始めから、ずっとアトレーユと共にいて、
彼女もそれを知っていた、と言うのです。

始めから救い手がいると知っていながら、
多大な犠牲を払って冒険をしたのはなぜか、と怒るアトレーユに、
幼心の君はこう答えます。

「冒険やふしぎや危険にみちた長い物語によってのみ、
そなたはわたくしたちの救い手をつれてくることができたのです。」


冒険物語に引き込まれて、
ここまで読み進めていたバスチアンは、これに驚愕します。

読んでいる本に書かれているのは、まさに自分のことで、
物語に必要とされていることを悟ったからです…。



バスチアンが、ここまで引き込まれた冒険物語。
心引く物語には、感動があります。

感動…つまり平坦でない心の動き、上下動があるのです。

感動を求めれば、喜びと苦しみの上下動は避けて通れません。

喜び、悲しみ、怒り、ありとあらゆる感情…
その振れ幅が大きいほど、
壮大かつ、ワクワクドキドキする物語になります。

この、心が踊る大冒険。
それが、神のしたかった事
です。

もちろん、変化が嫌いで、
楽で平坦な人生を望むエゴは、それに反抗するのですが。

で、なんとか自分で、人生をコントロールできないかと、
引き寄せや、自己啓発などのメソッドを使い、
望む人生にしようと躍起になるのです。

「神様の願いと、僕たち(自我)の願い、
どっちが強いと思う?
圧倒的に、神様の方が強そうじゃない?」
と黒斎さん。

もし、そうだとすれば…ですが。

エゴがどんなに平穏さを望んでも、悟りを得たとしても、
この世に生きるかぎり、
ある程度のハプニングや、ドキドキは、きっと続きます。

それが、内なる神が望むことだからです。
ドキドキ、ワクワクしたかったからです。

バスチアンが、「はてしない物語」にワクワクし読み続けたように。
そしてそれは同時に、
アトレーユにとっては、苦しみの物語だったように…。


神の視点を忘れ、
ストーリーの一部になってしまった、私たちは苦しみます。

バスチアンも、この後、本の世界に入り込んでからは、
さんざん苦しみます。
「冒険物語を読む」から「冒険を体験する」へと、
視点の距離が縮んでしまったからです。


……。
なんか、まとまらないというか、
話がずれてきましたが…。(;^Д^A 

結局、受け入れられない、ということは。
愛の欠如であるとともに、
視野の狭さでもあり、不理解とも言えるのかもしれませんよね。

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防衛心ゆえに、滅びに至るエゴ 〜集団的自衛権に思う〜
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政府が憲法解釈を変え、
集団的自衛権を使えるようにする決定をしたそうです。
公明党もストッパーにはならず、何だかガッカリです。


国民の声が届かないのはなぜだろう?
わざわざ、他の国々を敵に回すようなことをするのはなぜだろう?
そもそも、なぜ戦争をしたがるんだろう?

もちろん、誰かが得をするからでしょうけれど、
無知な私は、どんな仕組みで、どのような得があるのか、
さっぱりわかりませぬ… (-_-;)



さて、エゴ(個)っていうのは、客観的に見て
善でも悪でもないと思います。

が、それがあまりに強くなり、
恐怖心から、自分を守ろうとしすぎると、
自滅する方向に進むようになると思います。

いま、人類(という個)が、欠乏感から環境を破壊し、
地球での今後の生存が、危ぶまれているように…。



でもなぜ、エゴは防御しすぎると、
自滅の方向に向かうのでしょう?

それはたぶん、エゴ(個)は、
周り(全体性)に生かされているものだからだと思います。

しかし、切り離されていると信じている個は、
全体性に支えられていることを実感できません。

その孤立感ゆえに、欠乏感と不安感を持っているし、
だから必要以上に貪ってしまう、という悪循環になっています。

この欲望のまま、貪り続ければ、
支えてくれる基盤を破壊することになり、
結果として、エゴ(個)も死ぬことになるのです。


まぁ、これは病気で言えば、癌ですよね。

あまりに自身を生かそうという思いが強すぎ、
無制限に、増殖しつづける細胞…。
それが、癌です。

癌細胞は、その果てなき欲望ゆえに、
結果として、養ってくれている人体を殺し、自身も死に至ります。

こうなってしまうのは、
人体も、自分であることに気づけていないせいで、
とことん搾取し続けてしまうためです。


日本政府という個(集団も一つのアイデンティティを持ちます)も、
自らの利益を得るために、
自衛隊や国民、外国人の命を搾取しようとしています。

それは、自分と彼らは違う、と思っているから出来ることです。
自分が戦争に行って傷つくわけではないからです。

しかし、癌細胞と同じように、
国民や外国の人々が、自らを生かす基盤であることは、
まったく気づけていません。

まあ、ぶっちゃけ気づけた時には、遅すぎるのですが…。



さて「なまけ者のさとり方」で、タデウス・ゴラスは、
このようなことを書いています。

長いので要約してます、
ちなみに、構造体とはエゴのことでもあります。


構造体とは、バラバラに分解するのをさけている、複数の生命体の関係です。
たとえば人間も構造体で、何十億という生命の集まりです。

構造体のおもしろいところは、成功しても失敗しても、
分解してしまうところです。
だから、構造体のままでいたければ、
緊張状態、つまり問題がなければいけません。

エゴとは、意識の構造体です。
危険にさらされている緊張感があると、気分良く感じます。


なるほど、だから政府は、
エゴを強めるために、緊張(敵としての外国、反対する国民など)を求め、
その強まったエゴで、さらに強引に政策を推し進めようとしているのか…。


成功したり完成してしまうと、構造体は崩壊します。
たとえば、隆盛を極めた大国は滅びるし、
莫大な遺産を相続した人は自滅します。
だから、みんな、成功をどこかで恐れています。

また逆に、ネガティブな方向にゆきすぎても、構造体は崩壊します。
しかし、私たちはなぜか、それはあまり気にしないのです。



まさに、今の日本政府もそうなんでしょうね。
エゴ(個の結束)を強めるため、
戦いというネガティブに、突き進んでゆく…。

で、このネガティブによって、自身を崩壊させても、
それには、きっと無頓着という訳なのでしょう…。

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今日は、39位でした〜。
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