私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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スピリチュアルを利用するエゴ
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今日、セキセイインコのピーちゃんに、耳元で、
「ヨッシーチャンテ、イイコデスカ?」
驚愕の質問を投げかけられました。( ・θ・)

初めて聞く言葉に、驚くとともに、
「少なくとも、オマエよりはな!」と、思いました……(^_^;)


さて、なぜ、教えてもない言葉をしゃべるかというと…。

ピーちゃんは、もともと「ピーチャン、イイコデスカ?」が喋れます。
でも、教わった言葉を組み合わせて、
独特のアレンジにしてしまうのが得意でして…(^_^;)

大抵、彼のアレンジは、意味不明の言葉になるのですが、
本当にたま〜に、このように意味をなすこともあるのです。

まぁ、二度と聞けないでしょうけどね、
ペットから、飼い主の素行を質されるなんてことは…笑

〜・〜・〜

さて、昨日、友人がこう言っているのを聞いて、
なるほど、と思ったのですが。

「特に必要もないのに、
私の前世は、これとこれとこの人でしたって、
有名人の名前をあげる人がいて。
そういうのが、ちょっと苦手で…(^_^;) 」

その友人は、スピに理解がある人なので、
前世がどうの〜、という話自体に
アレルギーがあるわけではありません。

たぶん「必要もないのに」がポイントだと思うのです。

私は、その話を聞いた時、あるイメージが浮かびました。

大企業、しかも役職の肩書きのついた名刺を、
得意そうに配る、定年退職後のオジサンの姿が…。

「まぁ、昔は私、こんなに偉かったんですよ」って言って、
欲しくもない人に配って回ってる、笑
(もちろん、欲しい人に配るのはアリです、笑)

これを聞いた友人はウケてくれました、ヨカッター、笑



さて、スピリチュアルは、新しい生き方だと思われています。
少なくとも旧来の生き方とは違うし、
それゆえに、希望と変化があるに違いない、と。

でもこのように、
見た目は違うけど、中身である生き方は昔と同じ、という事は
多々あるのです。

そこには、旧来の社会と全く変わらない競争社会があります。

誰かより、優位に立たねば!

それを目的に、
自身の優れた前世といったものや、霊的な知識なりを利用すれば、
あなたは、今までと変わらない競争社会の一部です。

もちろん、競争社会自体が悪いとは言いません、
全ては中立の出来事ですしね。

ただ、競争社会は、
負けた者には満たされない想いを与え、
そして、勝った者にさえ、安心感を与えてくれないことは確かです。

トップにいても、いつ落とされるか分からない訳ですから。


どんなにかき集めても、誰かから搾取しても、
誰もが満たされない…。

そうこうしているうちに、地球一個分の資源なんて、
あっという間になくなってしまう…。

そんな今の現状が、こんにちの競争社会の結果なのです。


さて。

たぶん、スピリチュアルの知識がある人でも、
違和感を持つことを書きます。

これは、黒斎さんのツイートの言葉ですが…。
「転生は 赤の他人の 尻ぬぐい」

おおう、よく見ると、何気に五七五調ですね。


もっと、嫌なことを言います。
(これは黒斎さんの言葉ではないです、
私の考えなので、怪しいと思ったら適当に流してね…汗)

「前世は無い」

前世というシステムは、個別の魂がある、というのが前提です。
個性のあるものが生きながらえ、進化するという…。

この考え方は、
エゴの恐怖心から生まれたのではないかと思うのです。

エゴは、実体がなく儚いものゆえに死を恐れています。

なので、こう考えます。
肉体が滅んでも、個別の魂というものがあって、
私(エゴ)は受け継がれるに違いない、と。

そこでやっとエゴは安堵します、
私はこれで永遠のものになった、と。

これこそ、過去を、未来まで継続させる力、
原因を結果まで引きずってゆく力です。


でも、もし…。

相対性理論が説くように、そして覚者がいうように、
時間というものが幻想であるなら?

そうなら、時間経過が必要な「進化する魂」という考え自体が
おかしなことになりはしないでしょうか?

そして、唯一のワンネスがある、という前提であれば、
「永遠に分離している個別の魂」というのも、変な話ではありませんか?



しかし、もちろん実際には、
はっきり前世の記憶があるんですけど、っていう方も
いらっしゃると思います。


…それは、多分こういうことです。

前世は、現実と同じくらい現実だし、
現実と同じくらい幻想である、
と…。

スクリーン上に映された物語は、
あるとも言えるし、無いとも言えます。
どっちをとっても正解です。

つまりどこに、フォーカスするかによって、
答えは変わってゆくのでしょう。



もちろん、
ロマンや郷愁、喜びを感じさせてくれるなら、
前世やカルマの解消に関わることは、やぶさかではありません。

それが、「いまここ」の喜びにつながるならば、です。

しかし、その概念が足かせとなり、
自分にも他人にも、生き辛い「いまここ」を作り出すなら、
あっさり捨てていいと思います。

重荷としてのだけのカルマや、
優越感や劣等感を感じるためだけの、
前世や未来世の話なのであれば…。


もちろん、昔は、
永遠に引き継がれる業(カルマ)の概念も必要だったと思います。
人生を読み解くのに、便利だったからです。

しかし、業にとらわれ、永遠に回る車輪から抜けらない
全能者などいるでしょうか?

法則を作った者が、
それを凌駕できないということがあるのでしょうか?


これにどう答えるかで、
その人の生きる軽さが変わってきます。


楽しみを目的にする軽い人生か、
それとも、返すべき負債としての重い人生か…。

どちらを選ぶとしても、世界はそれを支えてくれると思います。

どちらも中立であるし、
そして、それがあなたという神が選んだ、
大切な世界なのですから。
(^_^)

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今日は、45位でした〜。
押してくださった方、拍手してくださった方、いつも有難う!
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多重人格に思う…意識が肉体に与える影響
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作家のダニエル・キースが亡くなったとニュースで見ました。
なので、今日はちょっと、彼の本について書きたいと思います。

彼の代表作といえば「アルジャーノンに花束を」ですが、
私は「24人のビリー・ミリガン」に、より強い感銘を受けました。

それはたぶん、ノンフィクションであり、
なおかつ多重人格者を通して、
人間とは何かと問うていたからだと思うのです。

〜・〜・〜・〜

子どものころ、運動音痴だわ、頭も良くないわ、
さらには、人付き合いもいまいち、という三重苦であった私…(^_^;)

そんな私にとって、
生きるという事は、あまり楽なことではありませんでした。

それに、いつかは死ぬと分かっていて、
なぜがむしゃらに生きる努力をするんだろう、とも思っていました。

かといって、虚無主義だったり、
世を儚んでいた訳ではありません。

ただ単純に、
不思議で、知りたかっただけなのです。

そして何となく、そういう考えは
誰もが持っているものだろうと思っていました。

しかし。

ある時、そういう考えがあるのを、担任教師に知られると、
精神的にやばい生徒だ、と受け取られたのです。

で、遅まきながら、悟りました。
どうも、この考えかたは一般的じゃないらしい、
そして、隠した方が良いものらしい…と。(^_^;)
(↑昔から、私のボケキャラには定評があります…汗)


生きるって何だろう?
これが分からないのに、
なんで、みんな平気でいられるんだろう?

だって、どんなに努力したって、家族も自分も死んじゃうんだよ?


それに、答えてくれる本を探しましたが、
今みたいなスピリチュアル本は、まだありませんでした。

で、精神科医が書いた本や、
ノンフィクションなどに興味を持つようになったのです。

事実を記した本を読めば、真理に近づくことが出来、
生きるとは何かが分かるのでは、と思ったのです。

臨死体験や、ドラッグに関する神秘体験のもの。
はては、サヴァン症候群や、自閉症、多重人格などが、私の興味を引きました。

まぁ、もちろん、あまり難しすぎない、
柔らかいものしか読まなかったんですけどね。(^_^;)
(しかも、今はほぼ忘れてるし〜)

さて、その点、ベストセラーにもなったビリーミリガンは、
物語としても面白く、
なおかつ、多重人格者の神秘に触れることが出来ました。

そして、やはり、私にとって重要だったのは、
ノンフィクションだった、ということです。

〜・〜・〜・〜

さて、ここで、この物語を超かいつまんで言いますと…。

アメリカ、オハイオ州で3件の連続暴行事件が発生し、
容疑者として逮捕されたビリー・ミリガン。
しかし、その記憶がないと主張する彼、
調べてみると23人の他人格をもつ、多重人格者だということが分かったのです。


人格たちは、性格だけでなく、年齢、国籍、性別もさまざま。
生まれも違えば、訛りも違う。
人格によっては、怪力が出すことができたり、
口が上手だったり、絵の才能などの特技があったりします。

たとえば…。
22歳のイギリス人で、イギリス訛りを話す、合理的で知的なアーサー。
23歳のユーゴスラビア人、スラブ訛りがあり、怪力をもつ屈強な体躯のレイゲン。
黒髪の女性人格であり、レズビアンのアダラナ。
3歳の可憐な金髪イギリス少女、クリステン…などなど。


さて、オリジナル人格のビリーが表に出てしまうと、
自殺してしまうため、
人格たちは、彼を眠らせ、それぞれ得意分野で表にでては活躍します。

前述したように、各人格ごとにルックスもはっきり決まっていて、
人格同士でも、それが認識できているらしい。

(もちろん、実際にはビリーの肉体を共有しているので、
心象的に見て、との事でしょう)

で、人格同士にも、人間関係があり(!)、
愛情や嫌悪、恋愛感情などを抱いたりします。

しかし、オリジナル人格のビリーのように、
他人格がいることも知らないまま、生きている場合もあります。

そういう場合は、他人格が出ている間、自分の記憶がないので、
突然、別の場所や数年後の世界に居ることに気づく…。
(こりゃ、かなり鬱だわ…(^_^;))


さて、肉体を支配し、表の世界に出ることができるのは、
当たり前ですが、一度に一つの人格だけ。

ビリーの人格たちの場合、このことは「スポットに出る」と表現します。
(人格たちには、そのように見えているらしい)

そして、Aという人格が表に出ているなら、
その間の記憶は、Bという人格にはありません。

そして、Bが表に出ていれば、
その間のことはAが知らない、と言ったぐあいです。

しかし、人格によっては、
他人格の行動を観察できる人格もいたりするのです。

Cは、Bのことは知らないが、
自分と、Aが表に出た間の状況なら観察できる、というような。

そして、なかには、
全人格の行動を把握している人格もいるのです。


さて、彼らは、人格と呼ばれることを嫌い、
人として扱われることを望んだと言います。

そして、彼らは、
明らかに、オリジナル人格が分裂した以上の
特技と豊かな才能を持っていました。

もし、彼らの良いところだけを集めて統合したら、
スーパーマンになれるのでは、と思えるほどの豊かな才能なのです。

これが私を混乱させました。

だとすれば、優れた才能や人格を持ち得る肉体だったはずだ。
でも、オリジナル人格はそうではない。

精神疾患、病気の結果として、
優れた才能が出てくるのは、いったいどうしたことなのか?



ビリー・ミリガン以外で読んだ、
多重人格者についての本も、私を混乱させました。

いろんな症例を集めたもので、
その中に、驚く症例が二点ほどあったのです。

多重人格の症状が進むと、
インナー・セルフ・ヘルパー(内的自己救済者)と呼ばれる、
賢い人格が現れることがあるというのです。

この人格の特徴は、他人格の行動をすべて覚えています。
とても知性で人格者でもあり、
時として、神のごとき霊的な知識を持つ場合すらあります。

(ただし、これは個人差があるようです。
ビリー・ミリガンで言えば、「教師」とよばれる人格がこれに該当しますが、
この教師は、自分に恥じ入るなど、かなり人間的です。)

また、多重人格者には、
人格によって視力が変わったり(人格によっては盲目になったり)
アレルギー持ちになったりする、といった事があると言います。

例えば、Aという人格は、クルミにアレルギーがあり、
Bにはそれが無いとします。

Bの人格の時は、アレルギーがないので、
クルミを平気で食べ、アレルギーもまったく出ません。

しかし、食後、消化し切れていない時間内に、
クルミアレルギーを持つAの人格に交代してしまうと、
アレルギー症状が発生するのです。

しかし、Aにはクルミを食べた記憶はありません、
なので、プラシーボ効果は疑えないのです。



多重人格については、バシャールもこの動画で語っています。
交代人格によっては、かかっていた癌が消えたり、
目の色さえ変化すると言ってます。

◼︎望む過去と未来を創る バシャール◼︎
http://youtu.be/c4o1f8r6AhM

YouTubeが上手く貼り付けられなかった…ごめん



では、多重人格とはなんなのでしょう?

肉体は同じなのに、
オリジナル人格より明らかに、優れた人格者で、
時として、神のごとき知恵と知識をもつ人格が出るのは何故でしょう?

意識によって、病状の有無、肉体的外見や、
身体能力まで変わってしまうとは、何なんでしょう?


ハイヤーセルフといった概念や、
スピリチュアルな知識が無かった当時の私には、
答えの出ない不思議なことでした。


しかし、今の私なら、こう思うのです。
チャネルが変わったんだと。

そして、情報が変われば、
肉体という結果も変わることがあるのではないか、と。



「ラムサー真・聖なる予言」という本のなかで、
ラムサという存在は、こう語ります。

「一般に信じられていることとは裏腹に、
あなたの脳が思考を作り出しているわけではない。
脳は、意識の流れから思考が
その内部に入ってくるのを許すだけなのだ。」

「あなたの脳は、
思考の電気的な波動を受ける大事なレシーバーであり、
その各部がそれぞれ違った想念の波動を受け取り、
蓄積し、増幅するようにできているのだ。」



また、黒斎さんは、認知症についての説明で、こう言います。

「脳はレシーバーです。
認知症の人は、レシーバーに支障が起きて、
記憶がダウンロード出来なくなっただけです。
なので、認知症の人はダウンロードが上手くできない状態なだけで、
実際に、記憶や人格が消失した訳ではないのです。」



もし、脳が、記憶や人格を作ったり、記録する場所ではないとしたら…。
単なるレシーバーで、記憶や人格という情報を、
有る場所から、ダウンロードするだけだとしたら?

これこそ、チャネリングと言わずして、なんというべきでしょう?
そして、その理屈なら、
生きとし生けるものもの全てが、
チャネラー以外の何物でもない、という事になりますよね。



ええと、今日のおまけ…(^◇^;)
2014.6.22rose
今日のバラ
やっと咲きました〜、良い香りです。なんて品種だろう?

2014.6,22popo
今日のオカメインコ
カバンの中で、丸い石を温めているオスインコの図。
のぞかれて、かなり不機嫌。


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今日は、54位でした〜。
押してくださった方、ありがとう!拍手もありがと〜!
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ホーリーバジルと、バラ
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最近の記事には、ランキングボタンを貼ってないのに、
心やさしき方が、ボタンを押してくださっているようす…。(T_T)

クリックするのが面倒だったでしょうに、
本当に、有り難うございます〜m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m
ご面倒、申し訳なかったです、ボタン復活させます〜。

〜・〜・〜・〜

今回は、どうでもいい話です。
それでも良い人は読んでね〜(^_^;)


寒さに弱いホーリーバジルを、無理やり11月の極寒シーズンに蒔いた、という
以前の記事の続きですが…。

baziru.jpg
今年2月くらいの時のホーリーバジル

このうち、一本だけなんとか生き残り…。
いま、花真っ盛り…(写真、左側の植物)

Basil-Rose.jpg

…は、やや過ぎてしまったのですが。

種がぼちぼち出来ています。

で、このバジルは健康効果が優れているらしいので、
生葉から、お茶をつくるやり方があるかどうか、ググってみました。

すると、ホーリーバジル、すごかりし!

なんでも、ストレスを和らげ、免疫力を高めるとか、
放射線被曝によるDNAの損傷を修復する力が強いとか、
まことしやかな薬効のほかに…。

スピ的な話も、はんぱなし!
さすがはホーリーなだけある…(^_^;)

この植物を植えると、
磁場が正常化され、周り15m四方がイヤシロチ化されるとか、
聖者パパジや聖者アンマが、この植物を世界に広めようとしたとか…。

何だか、よく分からないけど、すげえ。
てか、よく分からないだけに、すげえ!
誰にも、検証できないだけに、すげえ!!( ̄◇ ̄;)



でも…
ひとつ、わかりました!

この植物を人に勧めれば、
聖者になれる可能性大
つーことですな!
んで、聖者になるっつーことは、悟りも開けるっつー訳ですな!!

(聖者になったあかつきには、聖者よっし〜として、
ブログ名も、よっし〜の出来ちゃったんだってば、にしよう。
で、「バジル普及による、解脱メソッド」を創り、世に広めよう…)


ってことで、ホーリーバジルの種が欲しいひと、差し上げます!
まぁ、収穫量が少ないので、
実際に会える知り合いの人で、欲しい人がいればって感じですが…。

日本の冬をも、物ともしないホーリーバジルの種、
欲しいひとは言ってくださいね〜。
8月まで蒔き時らしいんで、
今年の種まきに、じゅうぶん間に合います!


さて、初めの写真、
ホーリーバジルの右で、蕾をつけているのがバラ君です。

一年前までは、スーパーの切り花だったバラ君。
で、みごと、根と芽を出すも…
rose1.jpg

オカメインコに丸刈りにされてしまいました…(T_T)
rose2.jpg


しかし、幾多の苦難を乗り越え、つぼみをつけたのです!

涙なしではいられない、
必ずや全米も涙するであろう物語なのですが、
いまここに、愛と感動のフィナーレです!!

…てか、花はまだ先みたいですけどね。(^_^;)
咲くといいな~。

〜・〜・〜・〜・〜

さて先日、オカメインコTシャツ、見つけました!
かんわいい♪

OkameShirt-3.jpg

オカメインコ鑑定一級を自負する、よっし〜の見たところ、
羽や尾の長さからして、
パールオカメのひなぴーですな。

そして、今まさに一人立ちするかしないかの時期ですな。

でも、甘えん坊なオカメだから、
まだ、ぎゃーぎゃー鳴きつつ
人にエサをねだっていますな、それは間違いないですな。


ってことで、本物オカメにも鑑定してもらいます。

ちょっとビビって、腰が引けていたので、
むんずと掴んで、シャツに乗せてみます。

おおぅ、2Dと3Dが、なんだかジャストフィットな大きさ…。

OkameShirt-2.jpg

はっ、ひょっとして…。

このTシャツを着て、鳥の上に倒れこんだら、
2羽の絵柄がついた、Tシャツができるかもしれない!

そしたら、ぴょん吉ならぬ、ピー吉Tシャツだ…。

などと危険かつ、わこうどには意味が分からない、
妄想をついしてしまった、よっし〜なのでした。(^_^;)

…くだらなくて、ゴメン(^_^;)

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さいきん、ランキングボタン貼ってないのに、60位でした〜。
押してくださった方、感謝、感謝です!!m(_ _)m
拍手してくださる皆様も、本当にありがたいです〜!
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自分の為に生きるということ 2
世界の中心で、オカメインコへの愛を叫びたい皆様、
こんにちは!!
∧( ・θ・)∧

(えっ、なんか違う?! W杯日本チームへの愛なら分かるけど、ですって?)

まぁ、オカメインコ愛を叫びたいのは、
よっし〜と、まぁ幾人かはいるでしょうが、
よっし〜自身も、未だ叫ぶことが出来ていません。

だって、世界の中心がどこだか、
分からないもの〜!


まぁ、そのおかげで、不審者として警察に捕まったりもせず、
安泰な日々を送れており、有難いことではあります。(・ω・)


さて、最近、ぜんぜん、ヒーリングや講演の記事がなく、
スピ系のテーマから逸脱してて、すみません〜。

とゆーのも、最近、お金がかかること、山のごとしでして。

パソコンを買わなくちゃとか、
(↑まだ買ってないのかョ!)
習いたい習い事がある、などなど…。

なのでヒーリングという、
そこそこお金がかかるものに、なかなか手も出ない始末。

でもけして、興味がなくなった訳ではないですよ〜。


とゆーことで(?)
この間は、ヒーリングとは全く関係ないこと、
彫金の一日体験に行ってまいりました!

これは、自分のデザインのシルバーの指輪か、
ペンダントが作れるというものです。

好きなアクセが作れるというなら、
まず石付き、コレは外せないでしょう〜!!

ちなみに私は、手持ちのスーパーセブンで
超シンプルなペンダントヘッドを作りました。

体験の金額は3500円、所要時間は4時間弱ほどでした。


ちなみに、未知の世界であった彫金ですが…。

予想とは違って、
銀の板を切って、折って、形作って貼る、
といった工作みたいな感じでした。

ただ、ちっこいので、かなりの緻密さと細かさが必要でしたが。

彫金も面白いですが、
もっと欲をいうと…石まで磨きたいです、うん。

本当は、ルースから作りたいのですー、
好きな石を好きな形に作れますからね。

でも、石磨き体験教室なんかは、ないだろうなぁ…。


さて、アクセサリー作りは、銀粘土なら習っていて、
それは、かなり面倒だと感じていました。

なので、商売として成立している彫金の方が、
銀粘土より、効率が良くて楽かもと期待していたのですが。

でも、そんなことはなく、やっぱし手間暇かかってました。(^◇^;)



おおうっ!
興味ない人には、つまらない話題でしたね〜。

以上、ヒーリング体験を書いてないことを、なんとか誤魔化したい、
よっし〜の言い訳でしたっ。(;^_^A

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

人は、嫌なことにあうと、心を守るために不感症になる、
そして、嫌なことだけでなく、
ポジティブな感情も感じにくくなる。

だから、自分の欲求さえ感じられず、
「自分のやりたいことがわからない」人が増えているのかもしれない。

以前の記事でこう書きましたが…。


そのせいで起こる事に、
「ブーム」というものがあるのではないかと思っています。

私たちの社会では、ある一点に、
人気が集中してしまう傾向があると思います。

それは、就きたい業種にしても、住む場所にしても、
はたまたブランドでも、なんの分野でもそうです。

そして、それには利点もあるでしょうが、
弊害も大きいと感じます。

例えば、私は食品店勤務なので、
それは食品の売れ方で感じます。

ある日突然、ある食品が売れはじめ、
時には、問屋でも欠品になるほどの人気になります。

最近では、クルミや押し麦、
ちょっと前だったら、
キヌアや認知症に良いと言われるエッセンシャルオイル、などなど…。

どれも一過性なんですけどね。

これらは、テレビで取り上げられたのが原因です。


なかでも、一番酷いなと思ったのは、高野豆腐が人気になった時です。
これは、何年も前の話なんですけれど。

ある時、高野豆腐がダイエットに効く、とテレビで紹介されました。

当時、お店で取り扱っていた高野豆腐は、
国産の材料を使った無添加のこだわりのもの。

しかしそれは、良心的なメーカーにありがちな、
小さい工場で作られていました。

なので、ブームが来た時も、生産が追いつかず、
数ヶ月間欠品が続きました。

その後、やっと安定して入ってきたなと思ったのに…
数ヶ月後、また高野豆腐が入らなくなったのです。

なんと、ブームのとき、
生産量を増やそうとして、
かなりの設備投資をしてしまったらしいのです。

しかしブームが去り、売れ行きも元に戻ってしまった。
ただ、残ったのは設備投資の借金…。
それが原因で工場が潰れ、高野豆腐が入荷しなくなったという訳。

良い商品だっただけに、これは残念でしたね。



ええと、なんだか話が横道に逸れましたが、
元に戻しますね…汗

あるものに人気が一点集中してしまうのは、
それ自体に、それだけの価値や必要性があるからではありません。

どちらかというと、
自分に必要なものが何か分からない、
そんな人たちが、外側の権威を重視しすぎた結果なのです。

どの人にも、くるみや押し麦が必要な訳ではありません。
もし、アレルギー持ちの人であれば、害にもなるでしょう。

しかし、自分の感覚が信頼できないために、
外部の意見に依存してしまうのです。

同じことは、スピ系でも起きます。

「黒斎さん、あのブログのあの人は、本物だと思いますか?」
黒斎さんは、よくこういう質問を受けて困るそうです。

これこそ、自分の感覚を信じていない証拠。
もし外部の権威がこれが本物だといえば、それを信じるのです。

この場合、黒斎さんが本物だと言ったら、
じゃあ、そのブロガーさんは正しいんだ、
その意見を採用しよう、という訳です。


ただ単純に、その考え方を採用したとき、
自分は幸せかどうか?

そこが重要なのだと、私は思います。

なんてったって、自分の世界を作っているのは、
間違いなく、自分の認識なのですから。

外部の権威が、あるやり方を正しいと言ったとしても、
それが自分を幸せにしてくれるかは、別です。

人は皆、色んな個性を持っている訳ですから、
一つのやり方で、人類すべてが満足するとは考えにくいのです。



さて、趣味趣向や性向が統一化されている、という状況は、
スピ的に考えても、不自然なのではないかと思います。

一つのものが、いろんな体験をしたくて分離したというのが、
前提であれば、
です。

その前提であれば、ワンネスは、
同じ趣味趣向の個性を、大量に作ったりしないでしょう。

しかし、人々は、一つの意思しか持ってないかのように、
人気ブランドの服をもてはやし、
テレビの勧める食品に飛びつき、消費が美徳だと信じています。

これでは、本来の自分の欲求(幸せ)に従っていない、
気づいてもいないと、言えはしないでしょうか?

つまり、これは、他人の欲求に乗っかっているだけ、
真の意味で、
自分のために生きていない
ということに
なりはしないでしょうか?


…ええと、なんだか長くなりました、(^_^;)
疲れたので、次に続きます〜。
(つ、つづくといいなぁ。
時間が経つと、テンション変わるしなぁ…汗)
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すべて良し、ということ
以前記事にも書きましたが、
去年7月に切り花で買って、その後、根付いたバラに、
蕾らしきものが出てきたもよう…。

うおう、すげー! Σ( ̄0 ̄;)

バラを育てたことが無かったせいか、
何年も育てないと咲かないと思ってたのに…。

しかし、もちろん、
この1年、順調に育ったわけでありません。

オカメインコ襲来による丸刈り事件や、
(この時は、さすがに再起不能かと思われました、(^_^;) )
数回に渡るうどんこ病危機を乗り越え、
ちんまりちんまり、生きていたのです。

苦難が続いたゆえに、
花が咲いたら嬉しいですね〜(*^_^*)

もちろん、本当に咲くかは、まだ分からないですけれどね。

油断したら、
破壊王が、またかじりに来そうだしね…。



さて、ゴールデンウイークのことです。

ドラクエファンなら、
「勇者ヨシヒコと魔王の城」「勇者ヨシヒコと悪霊の鍵」という
ドラマを見るべしという情報を得て、さっそく見てみました。

放送は終了していますが、
テレビ東京の深夜枠で放映されたドラマらしいです。

キャッチコピーが低予算冒険活劇だけあって、
ハリボテのモンスターが出たり、
戦闘シーンが、突然チープなアニメになったりします、笑

まぁ、それもいい味を出しているんですけれどね。

深夜枠だということもあり、
セリフが汚なかったり、下ネタも多いですが、
それにアレルギーがない人なら、楽しいと思います♪

とにかく、何も考えずに笑える、
ドラクエネタ満載のおバカドラマなのです。

どのキャラも皆いい味出していて、私は好きなのですが。

中でも、主人公、勇者ヨシヒコのキャラクターに、
しばらく、ハマっておりました。

つい、何でもないときにも、思い出してしまいます。

ちょくちょく思い出すなんて…
もしかして………これが、恋?(^◇^;)


さて、
そんなヨシヒコは、真面目でまっすぐな性格。
メインキャラらしい、イケメン風な立ち振る舞いに、物言い。

なのに…。
おバカ度が底なしです。

で、おのれの欲望にも超正直であり…(^◇^;)

時には、アイドルになるため、
時には、人妻や巨乳女子が好きになったと言っては、
魔王討伐のパーティーから離脱します。

つまり、仲間を簡単に見捨てるのですが、
その理由を、まっすぐな瞳で、
さも正義っぽく語るのも、またウケるポイント。

だって、ナンセンスな理由なのに、
超かっこよさげなんだもの。



この、ついつい思い出してしまう、
魅力的な勇者ヨシヒコ。

こんな人が身近にいたら、
もう、もう…。

間違いなく、大嫌いになります! (`Д´)ムキー

おバカで、自分本位で、使命や仲間を簡単に捨てるし、
空気読まないし、毒舌家だし、女子のルックスには厳しいし…。

はっきり言って、身近にいたら大迷惑っ!

よっし〜がそんな人を見た日にゃ〜!

何度も生まれ変わってカルマを解消しろとか、
もっと煩悩を減らせとか、
聖人君子になりなさいって、小一時間、説教してると思います!


でも、でも。

ヨシヒコが、そんな聖人君子だったら、
すっごく、つまらないドラマになってる
と思うのです!

何回も思い出してしまうほどに、
面白く魅力的なのは、おばかキャラならでは。

そして、それが魅力的だと分かっていて、
あえて脚本家は、そういうキャラにした
のです。


ってことは、もしかして…。

現実のキャラたち(人々)も、
またしかり、ってことはないでしょうか?

煩悩だらけで、弱くって、欠点だらけで…。

でもだからこそ、面白くて、
興味深いドラマが展開されるのではないでしょうか。

それこそ期待していた通りの、面白くてユニークな物語が…。


さて、魅力的に見えるか、そうでないかは、
単に視点(距離)の問題にすぎない
のかもしれません。

遠い距離(テレビドラマの中)なら魅力的と分かるけれど、
身近(現実)にいたら嫌いになってしまう、ヨシヒコのように…。

自分が嫌い、という人が多いのも、納得です。
ここまで距離のない人物は、
どこにもいないわけですからね。

でも、もし…。

その欠点そのものが良しとされていたら?
それこそ、体験したいことだったら?

欠点を直すために、何度も輪廻転生しなきゃとか、
進化したり、幸せになるために、
自分を変えなくちゃいけない、という思想自体がナンセンスな事になります。

もちろん、それが本当かどうかは…

脚本家でもある自分自身(ワンネス)に
出会えて、はじめてわかることかも
しれませんがね。 (^_^ゞ

そして、欠点も含めて良かったのだ、と本当に腑に落ちた時…。

その時初めて、神の目線で、
喜怒哀楽ふくめた全てのドラマを
楽しむことが出来る
のかもしれませんよね。
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複雑化するエゴと社会 ~競争志向が生む世界~
なんだかすっかり夏ですね~(;´◇`)ゞ
(↑いやいや、本当は梅雨もまだだしっ、汗)

今日、北海道は沖縄よりも暑かったそうです〜(@◇@;)

この暑さで、去年の夏のことを思い出しました。

以前も書きましたが、去年の7月、私は大変でした。
ひと月まるまる、体調不良が続いたからです。

でも、そのせいで気づけたこともあって、
それはそれで良かったんですけどね。

一つは、体は大切ってこと。
もう一つは、自分がやっていると思ったことは、本当はそうでない、
健康というバックボーン、つまりお陰さまがあったのだ、とか。


さて、あの時は、なにが一番苦しかったんだろう、
と今更ながら考えてみました。

まっさきに思いついたのは、
病気の原因が不明だったことや、
霊障らしいと言われて不安だったから、という事。

でもちょっと違うかな…。

全くないといえば、嘘になるけど、
実際のところ、そこまでのダメージではありません。

じゃあ、未来(回復)の見通しが立たなかったこと?

まぁ、それもあるけど、
それは、仕事が気がかりだったせいであり…。

ああ、そうか!
仕事を急に休まなければいけない事が嫌だったんだ!

そう、一番辛くて恐かったのは、それそれっ。

休んではいけない職場で休まなくてはいけないという状況です!


ちなみに今の職場は、一人で全てを
まわさなければいけないような小さい食品店。

だから、休むとすれば、
急きょ、代わりのスタッフを探さねばいけないのです。

でも、休みの人に急に出勤してもらうのは、
かなり無理があります。
第一、皆に予定があるわけですからね。

この、誰かに迷惑をかけること。
その不自由さが恐ろしく嫌だったんです!!

病気という肉体的苦痛も辛いですが、
精神的苦痛の方が、それより上。

だから、私が自由業もしくは、プーだったら、
ここまで苦しくはなかったはずです。



とにかく、生きるって不自由すぎます~。

いや、生きることそのもの、ではないですね。

仕事や社会、つまり「生きることを支えるシステム」が、
不自由なんでしょう。

本来は自由であった生。

しかし、社会やシステムが複雑化し、
細かい規則をつくり、命を縛っている。

仕事ひとつとってみても分かります。
不自由きわまりなく、中には過労死する人も出る始末。

これでは、生きるために働くのではなく、
働くために生かされている
みたい…。

本来、生きる事をサポートするための単純な行為が、
働くということだったはずなのに。

「生きること」と「生きるためのシステム」の
主従関係が逆転しています。

前回の続きじゃないけれど、
まさしく顛倒夢想。

それとも、全てが逆転するという、
カリユガという時代のせいなのかな?


それにしても、不思議。

人類の進歩って、
常に自由を目指してきた
わけでしょうに。

そして今や、なんでも便利になり、自由な時代と言われているのに。

なぜこうも、皆、不自由に感じているのでしょう?


わずかに理解できるのは、
この窮屈さは、
社会が複雑になりすぎているせいではないか、

ということでした。

でも、それってなぜだろう?

あるとき、黒斎さんが講演でこう言いました。

「システムは複雑になります。
なぜなら、それを作り上げているエゴの性質には、
誰かより秀でようとする性質がある
からです。」



そ、それでか!

ここからは、私の考えになりますが。

誰かより秀でる事がしたければ、
難しいこと、誰にも出来ないようなことを
しなければいけません。

簡単ではダメです、
誰でも出来てしまいますからね。

だから、すべては複雑化する…。

このことは、バラの花ひとつをとってもわかります。

バラの品種があれほどまでに多く創り出され、
そしてまた、
今までにない青いバラを作るのが夢なのも、このためです。

エゴにとって、シンプルさは美徳にはなりません。
誰かより上に立てないからです。

より強く、より美しく。
より難しく、より複雑に。
とにかく、誰にも出来ないことを!


このエゴの欲求通り、私たちの社会は複雑化します。
それにともなって、行為、価値観や常識も複雑化するのです。

この複雑化したシステムや価値観は、
やがて、形式化し、形骸化します。

年代を経れば経るほど、それに、
どんな利点があったのか、誰にも分からなくなります。

これは、宗教などをみれば分かりやすいですよね。
理由のわからない儀式や、タブーが多い。

そして、それが
人々の幸せに役に立っているのかさえ、
わからなくなっている。

ただ、盲目的に守らなきゃいけないだけ。


そんな概念を、日の元にさらして、
見直さなければいけない時代が来ている気がします。

なぜなら、ルールや常識という鎖が、これほどまでに重く、
私たちを締め付けるようになってしまったからです。



そして、思い起こさなければいけないのは、
これらは全て、一つの想いが発端だということ。

それは、単に、誰かより秀でていたい、
というエゴの思いです。

この盲目的な野心に気づくならば、
もう、エゴには振り回されなくなります。


誰かと競争することを止めてもいい、
シンプルで自由で、でも幸せでもいいんだ、ということを
やっと選択することができるのです。


また、黒斎さんはこうも言います。

「今の社会は、嫌なことをやってからでないと、
好きなことができない、というシステムになっています。

たとえば、子供のころには、
宿題をしないと遊んではいけない、と言われてしまったりします。

だから、嫌なことをしないと、好きなことができない、
という常識が、私たちには出来ています。

しかし、その常識も幻想です。

好きなことばっかりしてたって良いし、
それでやっていけない訳はないんです。


しかし、私たちは嫌なことを強いられて生きている、と思っています。
もし、嫌なことばかりして生きるとどうなるのでしょう?

「嫌なことにあうと、
人は心を守るために不感症になります。

そうなると、嫌なことも感じにくくなりますが、
喜びといったポジティブな感情も感じなくなっていきます。


もし、心を閉ざせば、自分の欲求にも蓋をすることになります。
だから、こんなにも、
「自分のやりたいことがわからない」人が増えているのかもしれません。

そして、自分のフィーリングが信用できなくなった人間は、
もはや、外部の思想や権威に頼るしかすべがありません。


だからこそ、マスコミ、権威者、カリスマ(スピ系を含む)が
人々をコントロールできるのでしょうね。
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