私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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マスターとメッセンジャーと勘違いさん
最近、黒斎さんの講演記事を書いてないので、
黒斉ファンの方は、つまらないですよねー(^_^;)

そんな、小心者の気の利くよっし〜なので、
書いてみることにしました〜。

今回は、これが分かると、
より精神世界の理解が深まるかな、という話にします。


題して、マスターとメッセンジャーと、
明らかな勘違いさん。



精神世界で、メッセージを発信している人には、
上記の3タイプがある、と黒斎さんは言います。

まずは、勘違いさんの解説からしますが、
その前に「精神世界」について説明しなくてはなりません。

「精神世界」は、非常に曖昧なジャンルだといいます。

厳密に言えば、「宗教」でも、
「オカルト」でも、「自己啓発」でもない。

そして、微妙に違うそれらを、
渾然一体に合わせたものが「精神世界」と呼ばれています。

なかでも、「自己啓発」と「悟り」は、似てはいるけれど、
根本的に違うと言います。



例えば「上手くいかない考え方を変えて
(ポジティブになる等)楽しく生きよう」というのが自己啓発。

もちろん、自己啓発を理解し活用する分には、
それは間違いじゃありません。

しかし、もしそれを「悟り的な考え方」を使って、
「自己啓発的な成果」を得ようとすると、
全く結果が伴わなくなってしまう、
と言うのです。

だってそれらは、逆の方向性を持つものだから。


例えば、引き寄せの法則。

これは本来、宗教性とか悟りに近いテーマなのに、
今は、自己啓発のテーマで、使われていたりします。

ちなみに勘違いさんは、必ずしも、
間違ったことを言っている訳ではありません。

問題は、
悟りと自己啓発の違いがわかっていない事
です。

つまり、違った方向性のものを、
ごっちゃにして、区別できていないのです。

なので、メッセージも、自分で体験したことで、
これは上手く行ったという事を紹介していたりします。

特徴的なのは、
ああしましょう、こうしましょうといった、
行動指針が出ることが多いこと。


(これは、よっし〜の感想ですが…。

本人に、上手く行った方法でも、
他の人には効果が出ない…そんな自己啓発の本が多いと思います。

当たり前ですよね、人間はみんな違うのですから…。

自己啓発は、何らかの行動や行為で、
人生を思うようにコントロールしよう、という考え方だと思います。

そして、この段階というのは、
多くの自己定義(言い換えれば、カルマ)を集めている段階です。

豊かな自分、力ある自分、美しい自分など、
好ましい状況を、追求し続ける。

これは、スピリチュアルとは関係なく、
ほぼ全ての人たちがやっていることだと言えます。


もちろん、人生ドラマを
楽しく美しくすることは、とても素晴らしいことです。

ただ、求めているものが、
諸行無常であり、いつかは消えるものだと分かれば、
失望するときが必ずやってきます。

例えば、熱狂していたスターが、
実は自分と変わらない人間だった、などと
失望する時のように…。

外部のものは、本当に欲するものを与えてくれないのでは?

そういう疑問が出たときに、ようやく、
人は自己啓発的なものから、悟り的なものに、
関心が向くのかもしれません。)


一方、メッセンジャーやマスターのメッセージは、
「何をするかでなく、どうあるべきか」に焦点があてられます。

なので、マスターになればなるほど、行動指針が出なくなります。


さて、メッセンジャーとは何でしょうか?

これは空(くう)を説く人。
黒斎さんや阿部さんがこれに当たるそうです。

経験上、あらゆる思い込みや、
情報を無くすことが空への道だと知っている。

だから、思い込みを捨てましょう、
自分が保有している一切の情報を捨てましょう、と教えています。

情報を捨てよという、
新しい情報を与えている。

これが、メッセンジャーの
どうにもならないジレンマ
です。

聞いた相手は、それもコレクションすべき情報として
捉えてしまうのです。


対してマスターになると
強制的にエネルギーの場として
情報を取り去ってしまう
そうです。

今生きている人で言えば、エックハルト・トール。
死んだ人なら、ラジニーシ。

(よっし〜が勝手に思っているところでは、ラマナ・マハルシ
やクリシュナムルティもそうだと思う…)



かつて、黒斎さんが、
「エックハルト・トールのビデオは凄い、見ていると眠くなってしまうから、爆」
と言っていましたが、たぶんこの事です。

情報が無くなってしまう、思考が止まってしまうと、
エゴが退屈して、結果眠くなってしまうのです。


マスターの特徴としては、自身の言葉を
記録として残さないことです。

ブッダやイエスも、弟子が記録を残しはしましたが、
自身は文書を書いていません。

なぜならば、言葉とは、
その時、その場で、特定の相手に対して向けられた、
超限定的なものだから。

だから、それと同じ言葉を持ち歩いて、
違う時代や場所、相手に当てはめようとすれば、
当然、無理や誤解が生じるのです。

(エックハルト・トールは、著書を書いていますが、
これらは誰かに向けられたメッセージではなく、
エゴの性質を説いたものです。
そういう意味で、汎用性があるといえます。)


さて問題の「自己啓発」と「悟り」の違いをはっきりさせましょう。

黒斎さんや阿部さんなどが、悟りに重要だとしているのは、
ありのままの自分を認めるという事。

自分にいたらない部分を見つけても、批判せず、小さい子供を見守る感じです。
「またやってるな、可愛い奴め、でも大した影響はないよ」と、
愛情を持って見ている。

対して、自己啓発は、今の自分を認めずに、
変えようと努力する。


自分のいたらない部分を見つけると、
「ほらこんな事をやってる、なんてダメな奴なんだ」と
自分をいじめてしまう。

ここが、大きな違いで、ベクトルが完全に逆を向いている。

「自分を変えることで、人生を変えよう」とするのが自己啓発で、
「自分を変える事ではなく、素の自分に還ること」が、
目覚めへの道だと言うのです。

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皆さまいつも有難うです〜(*^o^*)
ちなみに本日の順位は29位でした、支えてくれて有難う〜♪
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汝の 欲する ことを なせ
アナフィラキシーショックが起こる程の
酷いアレルギーが増えているそうですね。

でも不思議、アレルギーって、
どうしてあらわれたのですかね?

近代病という感じが強いし…。

花粉症だって、昔は無かったはずですよね。
なのに今では、お山の猿や犬猫でさえ、花粉症に悩まされているそうです。

たぶん、アレルギーは、
一つの理由でなく複合的な汚染からきているのでしょう。


でも、アレルギーってなんだか、
象徴的だと思いません?


本来無害であるはずの食物に、免疫が過剰反応する。

無害であるものを敵と思い込み、やっつけようとして、
ひどい場合、自身を死に至らしめてしまう。

…なんだか、人間みたい。


あいつらは、危険な武器を持っているはずだ、
やっつけなくては自分が危ない、と言って戦争をする。

で、相手だけでなく、自国の兵士にも体や心の傷を負わせ、
日常生活さえ、困難にさせる。


その危険は本当の危険だったのか?

そもそも恐れとは何なのか?
そして、本当に欲するものとは、何?



衝動や願いが、どこから来て、どこへ導くのか、
そもそも、正当な理由を持つものなのか、
はっきり見てゆく時代だと思います。

地球規模の破壊力を持った、今の時代だからこそです。


でないと、願いは、
思ってもみないところへ
自分を連れていってしまうかもしれません。

自分を守ろうとして、死に至らせる、
危険な免疫細胞のように…。




私たちには、自動的にインプットされた観念や常識、
言いかえれば、カルマがあります。

それらは、分離をするようにデザインされていると、
私は思っています。

私たちが、批判や、非難が好きなのはそのためです。
(自我を黙らせる訓練に、批判をしない、
というのがありますが、それもうなづけます)


もともとがワンネスである私たちは、
無意識に、自他を分ける区切りを欲しています。

それがないと、より自然な状態であるワンネスに
戻ってしまう為だと考えられます。

なので、他者を盲目的に批判している人がいたら、
分離を深めるゲームをしているな、
と優しい目で見てあげてください、笑

ま、私はスッゲー嫌な奴がいるな、
とムカつくだけですが。

(こうしてよっし〜は分離を深めてゆく、笑)


「目覚めがおきても、カルマは無くなりません」と黒斎さん。

「カルマが無くなる事が、目覚めなのではなく、
カルマがどういったもので、
どういう影響を与えられて生きてきたかに、
気づくことが悟り
なんです。

で、悟後の修行とは、
カルマの影響を受けない自分に還ってゆく道
なんです。

悟ったから、聖者になるとか欲望が無くなるとかは、全部幻想です。
ただ、素直な自分が丸ごと顔を出してくるだけです。」


もし、カルマの影響を脱して、
願うことが出来るようになったら…。
自身を破壊する愚かな願いも、無くなるのかもしれません。



さて、「願いがどこへ連れて行くか?」
それを問う本に「はてしない物語」があります。

ミヒャエル・エンデの有名な児童文学で、
ネバーエンディングストーリーの原作でもあります。
(ただ、映画とはかなり違います)

子どものころは、楽しいだけで理解できなかったけれど、
今から思うと、スピ的メッセージのてんこ盛りです。
いつか、がっつり書きたいくらい!


「汝の 欲する ことを なせ」

本の中の世界を救うべく、
本の世界に入ったバスチアンに、
願いを叶えられるお守り、アウリンが渡されます。

アウリンに書かれていた言葉が、これ。
「汝の 欲する ことを なせ」

太ったいじめられっ子のバスチアンは、
アウリンにより、次々と自分の願いを叶え、
本の世界、ファンタージェンのヒーローになっていきます。

そして、さらに力を得たいと思ったバスチアンは、
ファンタージェンのトップの「幼ごころの君」を制服しようとします。

「幼ごころの君」は、アウリンに願いを叶える力を与えている存在。

アウリンによって全てを手に入れたのに、
その力の源泉をも凌駕しようとするバスチアン。

さて、この顛末はいかに?

すごい面白い話なので、
興味がある人はぜひ読んでみてください!


さて。

私たちも、常にこう問われているのではないでしょうか?
「汝の 欲する ことを なせ」


欲することに善悪はありません。
それが自我(固定概念、カルマ)からのものであれ、そうでないものであれ、
世界はそれを支えてくれるのでしょう。

たとえ、今の世界のように、集団自殺行為を
望んだとしても。

ただ、願わくばもっと良い道を、とよっし〜は思っています。

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汝の欲することをなせ…と、あえて言ってみる、汗
うぉぉぉ〜これだと押してもらえないかも〜〜(^◇^;)

ちなみに、本日の順位は30位でした〜
こんな高順位していただいて申し訳ないくらいです、
皆様ありがとう、ペコリ m(_ _)m
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「したいこと」と「すべきこと」
昨日一日、ぐーたれていた、よっし〜です。

今回、チャネリングとは何?、をテーマに書くつもりでした。


というのは、こんなtomokoさんの発言があったから。

「よっし〜さん、宇宙人連れてるじゃん?
で、上にも情報をあげているかもしれないけど、
上からも情報もらってると思う。
で、その情報で話をしたり、ブログ書いたりしてると思う」


ええっ、それって平たく言うと、チャネリングしてるってこと?

でも、そんな事した覚えがない…。
それに、いわゆる「(インスピレーションが)降りてきた」経験すらない私。

だから、チャネリングのような、
特別なことなんか出来ない
と思うけど…。

チャネリングという特別な事は…

…特別?

ああ、なんだぁ!



こういったタイプのチャネリング
(と言っていいのかな?対話形式じゃないってこと)は、
ぜんぜん特別なんかじゃなくて、
みんながごく普通にやってるものなんだ、
きっと。

チャネリングというよりは、
「思いを共有する」がピッタリくるけれど。

もちろん、ソースは色々あるとは思う。

マスコミに同調する場合もあれば、
宗教とか、ネットサイトの情報に同調したり、
人助けや自然保護などの情報とだって、一体化することも出来る。

…ってことをね、黒斉さんの講演話も入れつつ、
深く掘り下げようと思ってたのです、昨日は。


でも。

結局、昨日まる一日、だらけにだらけて、
ブログも書かずにゴロゴロしてましたっ!

そんで、夜にはテンション落ちまくって、
自己嫌悪になりますた…。

「一日無駄にして、なんて駄目な人間なんだ〜!」とか、
「あれとあれをしなきゃいけなかったのに!」とか自分を責めてました。

でもね、ゴロゴロもしたかったんだもの!

だって、いっつも「すべき」仕事に追われてて、
「すべき」以外のこともしたかったんだよ。

でも、したい事をできたはずなのに、
満足感はなく焦燥感があるのは、どうしたこと?

結局「すべき事」をやるにせよ、「したい事」をやるにせよ、
どっちも幸せでなかった私。

はっ、わかった!!

つーことはっ!

究極の真実は
「人間って何をやっても結局満たされない」
ってことだねっ?!

……。

ちっ、ちっがーう!

満たされないこの想いには、ほかに根拠があるに違いないよ。
明らかに、矛盾してるもの。

そう思って感情を観察してみると…。

グータラしたあと気分が悪かったのは、
やはり自己嫌悪と思われます。

で、なぜ自己嫌悪になったのか考えると、
ある想いに気づきます。

「やるべきことを、やるのが良い人間だし、それが成長ということ。
やるべき事をやらない人間は、怠け者だし未来がない」

そう、これは自動的に刷り込まれた常識、
言い方を変えれば「カルマ」です。


…思えば子どもの時から「すべき事」は、あったものなぁ。
子どもの時は勉強や習い事、成長すればアルバイトや仕事。

で、「すべき事」をすれば、
将来いい事が起こるって教わったんだっけ。

その時は「いつか来る未来」のために生きろって教わったんだよね。
時間は「いまここ」しかない、なんて教えてくれる人はいなかった。


でも「すべき事」は嫌いだったの。
自由がない感じだったから。

だから…仕事も嫌いなんだ。

ううん、そうじゃない、仕事が嫌いなんじゃない。
それに付随している「縛られている感じ」が嫌なだけなんだ!

で、ゴロゴロしている事が好きなんじゃない、
「自由にできる」感覚が欲しかっただけなんだ。

「行為」を欲していたんじゃなく、
「在り方」を欲していたんだ!


だから、在り方が自由なのであれば、仕事も嫌じゃないし、
ゴロゴロだって、したいなんて思わなかったかも!


そして、もし…。

もしも、不自由でいることも、
好んでやっているとしたら?


「マリオで、障害や敵もない一本道で
すぐクリアできたら、何が楽しいの?」との
黒斎さんの言葉が、本当だとしたら?

苦痛の中にいることでさえ、幸せなんだ。

ただし、「本当は自由である自分」に
気づくのが必要になるけれども…。

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今回はぜんぜんスピじゃないね…。(^_^;)
それでもオッケーと言う人は押してくれると嬉しいです。
本日の順位は70位でした〜皆さんありがとう♪
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出雲に行きました3
出雲に行きました2の続きです。

で、はじめにハッキリ言いますと…。

出雲の旅行のお話ですが、
全然、旅行記ではありません。

なので、神社もあまり出てきません。

出雲のお話なのに、神社が出てこないのはなぜか。

…だって、神社って覚えられないんだもん!(>_<)

若いアイドルたちが同じ顔に見えてしまう
年配のお父さんのごとく、
よっし〜には、神社がことごとく同じに見えてしまうのです。

なので、気の利いた神社記事など
書けるはずもなく…。


代わりに動物を話題にした話をしようと思います!

可愛いし、もふもふしてるし、とにかくもふもふしてるし……だからいいよね?汗

熊野大社の中の摂社、稲田神社では、
あちこちに大のマークがついているのを見たうさぎさん。
「ああ、大ちゃんだ〜」

izumo5.jpg

大ちゃんとは、最近、ハヤシくんやtomokoさん達が助けた龍で、
今は、うさぎさんに付いています。

巨大ゆえに「大ちゃん」なのですが、
話を聞く分には、まだ子どもっぽい感じみたい。

くすっとユカリさんが笑います。
「大ちゃん、話題に出て嬉しそうだよ、笑」

ね、子どもっぽいでしょ、かわい〜。

ここ、熊野大社では、
晴れ着の小さな男の子がお父さんに連れられています。
七五三のようです。

izumo6.jpg
晴れ着の男の子の写真なかった…

ここの神社は、子どもの成長祈願の神社なのかな?

おみくじ売り場にも、普通のおみくじだけでなく、
こどもみくじなるものがあり、ユカリさんがじっと見つめています。
「こどもみくじって、普通のとはどう違うんだろうね」

で、気がついたら、ユカリさんが、こどもみくじをひいていたのだけれど、
自分用じゃなくて、彼女の龍、ハヤシくん用だったらしい。

それを聞いたtomokoさん、
「うちのも、やりたいって言ってる〜」と、あとに続きます。

なんでも、tomokoさんには、
最近生まれたばかりの白い赤ちゃん龍がいるらしい。

子龍って、おみくじ引きたがるんだ〜。
かわゆし&びっくり。


さて、唐突ですが、もう帰る直前のお話に移ります、笑。

私は、松江のカフェでユカリさんに、
なぜ動物が可愛いかを説いていました。

なぜ可愛いかと言えば…。
それは奴らが無駄に「もふもふ」しているからに違いない!

このような「動物の可愛さは、もふってなんぼ説」を
熱く語ったところ、ユカリさんはこんな画像を見せてくれました。

arupaka.jpg
なんじゃこら〜 (毛刈りのアルパカさん)

も一つ…

pannda.jpg

わぉ!公衆の面前でなんたることっ!
早くパンツをはいて、はいて〜!!
(実際には、怪我の治療で毛をそられてしまったパンダさん…汗)

パンダの素肌は純白である、という無駄知識を得た我々は、
再びティータイムを満喫します。

この後、眷属談義に花が咲くことに。

なぜ眷族話になったかといえば…
ちょいとその前の時に戻ります。

このカフェに行く前、
私たちはdekoさんおすすめの松江の日本料理店で、
昼食をとりました。

izumo8.jpg

izumo7.jpg
凄いご馳走でした〜。これでも、まだ料理が出る途中です。

で、帰りの飛行機まで、時間があったので、
カフェでまったりすることにしたのです。

その道すがら、
何やら後ろでtomokoさんとdaidaitolilyさんが、
すごく楽しそうに笑っています。

訳を聞くと、「このくらいの大きさのリスがね、
daidaitolilyさんのあとをついて歩いて、
超可愛い♪
」とtomokoさん。

なんですとー!

なんでも、人の腰くらい背があるという超巨大リスが、
daidaitolilyさんの上着の裾を前足でつまみ、
二足歩行であとをついて歩いている
といふ…。


……うう、よっし〜の文章の表現力では、
ホラーにしかならない…。

「きも可愛い」も通り越し「きもこわい」かんじ…。

でも実際は、とっても可愛いいらしい。

「実は、北海道の精霊と、
かなり仲良くなったのは感じていたの」とdaidaitolilyさん。

彼女は、ついこの間まで
北海道でシュタイナーの勉強をしていたのです。

でもまさか、それが超巨大リスだったとは…。

カフェに入った私たちは、各自飲み物を注文します。

ユカリさんが笑います。
「私も意識したせいかな?リスが見えたよ、可愛い〜♪

私も、リスが居るという、
daidaitolilyさんの横の空間を見つめてみます。

「あはは、よっし〜さんに見られて、
恥ずかしそうに隠れちゃった」とtomokoさん。

隠れんでも、見えんがな…。(^_^;)

「名前は、何ていうの?」誰かが聞いています。

「自分から名乗らないと、ユカリちゃんに変な名前をつけられちゃうよ」と、
誰かも脅しているもよう…笑

実はユカリさんは、変な名付けをするという噂があり…これがその証拠です。
■ユカリさんのブログ 出雲ウロウロ 2~ハヤシ君の彼女?■

「あれ、和風な名前だよ。
アイヌっぽくない。はつねって言ってる」とtomokoさん。

はつねちゃん、すぐ名乗るなんて、
よっぽどユカリさんに名づけられたくなかったのか…爆


さて、これを皮切りに
「私には何がついてる?」の質問タイムが始まりました。

まぁ、視る人はユカリさんとtomokoさんの二人だけだけど。(^_^;)

tomokoさんが、ユカリさんを視てみます。
すると、ハヤシくんが「ぼくぼく〜」という感じで全面に出てきてしまい、
他がよく見えないらしい…。
…ハヤシくんてば(^_^;)

うさぎさんも「私は?」と聞いています。

ただ彼女は、以前、誰かのセッションで、
何がついているかを教えてもらったとの事。

「トラとフェニックスが居るとは言われた」

「うん、うさぎさんが『私は』って言った時、
ぶわって熱い風がきたよ」とtomokoさん。

それに加え、うさぎさんには、
最近、龍の大ちゃんがついたので…。

「龍、虎、鳳凰…。それって、四神じゃん!
あと玄武がいれば、コンプリートだよっ!」と興奮する私。

…ってことで、うさぎさんにつきたいカメさん、
どこかにいませんか?


彼女のパワーから言ったら、
ガメラ級がふさわしいと思われますが。

それに、それに言っとくけれど、
彼女は、一休みしないうさぎだからね、
追いつくのに苦労するかもね〜(^◇^;)


さて、私とRinkoさんに関してですが…。

その時、tomokoさんは、2人に関しては
何がついてるかがよく分からないとの事でした。

ざんねん〜

かろうじて分かるのは、
Rinkoさんは、エジプト女性が宝物的なものを隠してる風で、
私には後ろに青いものを感じるとは言ってました。

が、後日…。
つい数日前、みんなで早めの忘年会をしました。

そのときtomokoさんが、突然笑いだしたので、
また「見えない何か」を視たんだろうと聞いてみたら…。

「よっし〜さんはさ、宇宙人ついてるじゃん?笑
で、あーたらこーたら

はい?? 
いま、何おっしゃいました?


じゃん、て何すか、じゃんって!

今更ながら、tomokoさんは侮れないという事を悟った
よっし〜なのでした。

うちゅうじん連れてても、もふってないし、萌えないよね~(-_-;)
ってか、もふもふの宇宙人の方が怖いか…


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本日、29位でした。
1日50人程度の来客数で、この順位にいられるのは不思議でなりません、
みなさん、ほんとうに有難う~!m(_ _)m

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特定秘密保護法案に思うこと
特定秘密保護法案が
衆議院本会議で可決されましたね。

アセンションイヤーと呼ばれる年も越え、
人類の考え方も、多少は進化していると思っていたのに…。

これが施行されると、どうなるんだろう?
頭が悪いので、何が起こるかわからないのだけれど…。( ̄Д ̄;)

でも、「人々の知識を奪い、目と耳と口を塞いで、
コントロールしやすくしたい」という意図はハッキリわかります。

その一点だけで十分気持ち悪いです〜(>_<)

この件に関してネットなどで、
秘密結社による陰謀論なども見かけたりしますけど、
私自身は、複雑なことはまったく理解できません…┏(-_-|||)┓ガックリ

もしかしたら、理解できないよう、
私の頭が、秘密結社に操作されているのかもしれません、
き、きっとそーに違いないっ!!
(↑頭が悪いのを、誰かのせいにしたいらしい…)

と、ともかく、外部に理由をさがすのは苦手なので
内側から考えてみることにしました。

なぜ、政府は、これほどまでに
愚かに見える行動をとるのだろう?、と。



しかし、その前にまず、一つ前提があると私は考えます。

それは、「すべての存在は、
自身にとって最善と思えることをやっている」という事です。

それは、個人であれ、
政府や秘密結社といった組織であれ、同じでしょう。

たとえば、Bさんから見て、Aさんの行動が愚かに見えたとしても、
それはあくまでBさんから見た判断です。

Aさん自身は、Aさんなりに自身の体験に照らしあわせて
最善の選択をしているものです。

自身にとって、最善を行う。

とすれば、今の政府は、
組織自身の最高の幸福を得るために、
「他者を操作すべき」と考えている、
という事です。


しかし、もう一つ考えるべき点もあります。

それは最善を行っているつもりでも、
それが必ずしも幸福には繋がらない、
ということです。

それはどういう事かというと…。
例えばこういうことです。

かつて、激しい肉体労働をしていた人類は、
もっと楽な仕事ができ、
自由な時間が増えれば幸せになれると感じました。

かくて、肉体労働を代替えしてくれる機械を発明し、
激しい労働から解放され、自由な時間もできました。

思い通りになって、
そこで幸せになったかというと…。

ある時、医者が言います、
体を使わなきゃひどい病気になるか、頭がボケるでしょうと。

そして、やっと得たはずの余暇を使って、
トレーニングマシンで、体を鍛え始めたりします。

ほら、ふりだしに戻りました!

筋肉労働をしなきゃいけないのも、
自由時間がなくなったのも、かつてと同じ。

しかも、後者は、
労働をになう機械やトレーニングマシンが電気を必要とする分、
環境にも効率的にも悪くなりましたが…(^_^;)


もう一つ例えてみましょう。

かつて人間は、長生きさえ出来れば、
より幸福だろうと考えました。

で、脳死状態で、回復の見込みが全くない病人でも、
自動的に生かされるようになりました。

しかし、そこに幸福や愛はあるのでしょうか?

義務はあっても、
愛や喜びはないのではないでしょうか?



このように、自身の最善を追っているだけでは
幸福には繋がりません。

それは、幸福とは何かが各自の中で分かっていないから、
かもしれません。

行き先がわからなければ
目的地に着けるわけが無いように…。



今、私たちは、お金やパワーを幸福だと
勘違いしてはいないでしょうか?

今の政府の態度が、
それを表してはいないでしょうか?


この国がこのまま突き進めば、
国民や他者(という自分)を搾取し続け、
自らを破滅に追い込むかもしれません。

政府が、これほどまでにハッキリ愚かさを示し、
そしてその行為を、私たちが多少でも理解できるとすれば、
それは私たちの中にも、その愚かさがあることを示しています。

私たちは、こう信じてはいないでしょうか?

幸せの総量は決まっていて、
それを皆で奪いあわなくてはいけない、と。

(もしくは譲りあわなくてはいけない、と)

幸せになるには、
誰かをコントロールしなければならない。
誰かから、奪い取らなくてはならない。
(誰々が私を愛すべきだ、というのも奪う行為です)

もしくは、誰かを幸せにするためには、
自分が犠牲にならなければならない。



個人々々が、その考え方を変えないかぎり、
私たちの代表も、その考えを採用し続けるでしょう。

幸せとは何でしょう?
それは総量が決まっているものなの?


その答えいかんで、私たちの未来がきっと変わります。


条件を超えて、今ここで幸せになる。

それは、今満たされているという宣言であり、
搾取も操作も、他者からの愛も必要としません。

自身と他者の鎖を解き放ち
ありのままを愛する行為でもあります。


この国が、国民を縛らずにいられない事が
不幸の証しに思えてしまうのは、私だけでしょうか…。

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本日、40位でした。
こんなに更新してないのに、ここまでいられるのは奇跡です、
皆さん、ありがとう!!m(_ _)m


dekoさん、ごめん、次は出雲記事よ〜きっと(^_^;)
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