私の興味ある、悟りについての話や、スピ系の講演の感想、ヒーリングの体験談などを書いています。
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一部であれば全体ではない。一部であれば神でない。
この間の春分の日に、ある神事のために、
メンバー7人で、諏訪湖に石の玉を納めてきました。
その記事を、kunikoさんとユカリさんがアップしています。

すごい面白いです。
もし興味があるかたは、ぜひ見てみて下さい♪

kunikoさん「ガブリエルの導き」
■諏訪早春譜 その1 ~序章~■


ユカリさん「ホシノシロ☆ガーデン」
■武田と諏訪クエスト1~ムカデさま登場■


私なぞ、へーそうだったのかと、はじめて知ることばかり。
自分、本当に参加してたのでしょうか?
今更ながら疑問です~!(@_@;)

とにかく、私は、ついて歩いて、
遠足気分を満喫しただけでした。(^_^;)

私もブログに書こうかと思いましたが、
二人があまりにもすごいので、書かない方がいいかもしれません。

にしても、やっぱり、感じる人の世界は面白すなぁ!


そういや、ユカリさんには、大きな龍のハヤシくんが付いているそうで。

そのハヤシくんに、私が納めた玉の意味を読んでもらったら、
「エネルギーを清流みたいに軽くする。」作用がある石だったそうな。

今回、持ち主と納める石とは、本質的にリンクしてるようなので、
私が軽いという事になるのですが…。

それはつまり、神事も遠足になってしまうほど、
あほだった なにも考えてないって事なのかもしれません。

本当はそう言いたかったのかしら、ハヤシく~ん!


~・~・~・~


さて、黒斎さんの講演です。

「あなたは神なんですよ、っていうと、
『ああ、分かります、神の一部なんですよね』ってよく言われます。
でも、それも違っていて、神全体そのものなんです。

黒斎さんが何度も話していて、でも理解できなかった言葉。

今回、話を聞いて、ああこういう事かな?と思いまして。

それは、一部と意識している限り、一部にすぎないって事。

けれど、神(ソース、ワンネス)は全体だ。

「神=全体」なら「神の一部」という事自体、あり得ないのかも。
全体=一部、とは言えないように。

つまり、自分は神の一部だと信じるなら、
人間です、と思うのと、全く同じなのかもしれない…。


じゃあ、「全体である」というのは、どういう事だろう?
そして、神(全体)である私とは、どういうことなんだろう??




「自分というものは、何か?」
そう話し始めた黒斎さん。

「まず感じられるものは、意識です。
存在しているという感じ。
そして肉体、それに伴う五感。

それと、五感を使って蓄えた知識が、
私と私以外がある、と思わせます。

自我は、カテゴライズや、意味づけが好きで、
なんでも区切ってしまいます。

だから、私と私以外がある、と思う。

自分と自分以外の壁って考えたありますか?
どっかからが自分で、どっからが自分じゃないか。」


と、ここで、
おもむろにペットボトルの水を、飲み始めた黒斎さん。


「知識では、これは水って呼ばれます。

水ってカテゴリー的に生命ではないですよね。

でも…。
今、飲んだ分って、水ですか、僕ですか?

人体の70%は水ですが、
体の中で、どこからがぼくで、どこから水かって区切れますか?

きっとこの後もこれ、飲むんですけど、
だとしたら、この水、今から僕でいいじゃないですか?

会場、爆!

「自分の内側と外側を隔てている壁ってなんですか?
よく考えると、その壁は存在しないってことに気づきます。

これっていう、区切りを決めていただけなんだ。
そのエリアを広げてゆけば、飲む前のこの水も、黒斎でいいじゃないか?



さて、このペットボトルを蓋を開けたまま、ほうっておけば、
水が無くなるのが分かります。

でも、水が無くなっても、存在が消えた訳ではない。

これが僕らが死ねないっていう事。



僕たちは、体を自分って思っていたし、
命が何かも、分からなかった為、死ぬと思っていた。

たいていの人は、命の事をよく考えた事がない。
だから、何となく肉体の中に、命というものが入っていると思う。

そして、死とは、命が肉体から抜け出ることだと考える。

つまり、肉体という自分が命を失う。
肉体に自分という主導があると思っている。

inochi1.gif


でも違うんです。

体が命を失うのではなくて、命が肉体を失うんです。

つまり、死ねないんです。

僕たちは、肉体を失っても、意識が存在しているという感覚は残る。

さらに。
命って言うのは、一人に対して、一つ入っていると思っている。
一つの命が肉体を失ったら、新しい肉体を持って生まれる、みたいな。

それは間違い。
「ぼくが居る」って感じている意識は、皆さんと同じ。
質が、とか、似てるとかじゃなく、まったくの同一のもの。


一つの肉体に、一つ、命が入っているんじゃない、
でっかい命の中に無数の体が入っている。

inichi2.gif
注:Pちゃんずとか花とかクリスタルは、黒斎さんは描いてないです、あたりまえだけど、汗

僕があなたで、あなたが僕で。
自分と、他人とは同一のものだと分かる。

それが理解できると、意識が変わる。

意識が変わると、世界(人間関係)が変わる。」


関係性が変わる…。
その話から、人間関係の話に移っていきました。



「どうしても好きになれない、嫌いな人がいます。
どうしたら好きになれますか?
という質問を、よくされます。

嫌いな人を好きになるのは無理です。
嫌いな人がいるという時点で、アウトです。
なぜなら、僕たちは意味を、先に優先させるからです。

つまり『嫌いな人が居る』がそのまま、創造に出るのです。

その人のドラマの中で、嫌いな人の、嫌な所を見つけ出そうとします。

だから、嫌いな人を好きになる方法はない。

好きになる方法は、どうするかというと、
『好きになってください』なんです。」



じつはこれも、黒斎さんから、何回か聞いていて、
よく分からないと思っていた話でした。

じゃあ、好きになれないし、
どうしようも無いから諦めろって事??
って思ってました。

でも、たぶん違う。

自分と他人とは同一のものと、分かった時点で、
「嫌いな人」がドラマの配役にすぎないと分かる。

つまり、自分が信じていたものと、
真のリアリティーに、距離があることが分かる。

そう気づけば、無理に好きになろう、嫌いになろうなんてしなくていい。

だって、それはバーチャルなドラマだと見抜けたから。

そして、それも楽しむためのものだったと分かるから。

ようはドラマと分かってしまった時点では、
゛配役:嫌いな人゛ には振り回されなくなる。
(嫌いな人どころか、あらゆる出来事さえも)

振り回されないなら、好きになる必要もないが、
逆に、嫌いな人という配役のままにする必要もない。

もう、どっちでも良くなるんだ。

だから、無理に「~になろう、~すべき」なんてする事さえなくなって、
もっと、気楽に生きられるのかもしれませんね。
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テラと黒斎の「言いたい放題」
さて、そろそろ、黒斎さんの講演についても書こうかな、と思っていた矢先…。
よい具合に、きのう月イチ会がありました!

で、時間やカルマについて、再度聞くことができ、
ようやく前よりも全貌が掴めてきました。(ほんと??)

なんつーて、やっぱり、おぼろげなんですが(^_^;)

私が疑問に思う、神々言われる存在の立ち位置、
カルマというものの立ち位置が、
うっすらと、見えてきたような気もしないでも、ないような…。

とにかく、そんな感じです!(←結局だめじゃん…)



その前に、ちょっとだけ。

3月10日に『テラと黒斎の「言いたい放題」一部』に行ってきました。
その時の話を軽く…。

あの日はまじ、不思議な日でした。

2時ごろ、御茶ノ水に着いたわけですが、あまりの煙ぶりにビックリでしたヨ!
あんなセピア色の霧(みたいだった)をはじめて見ました。

驚くことに、帰りの5時ごろには、すっかり無くなっていたんですよね。



さて…。
テラさんの印象はというと、ブログの厳しい印象と違って、
関西のお笑い芸人といった感じでした(^_^)

テラさんのブログ ■Eye of the God ~神の眼~■

まぁ、ブログでも、厳しさがあるとはいえ…。
お笑いっぽさとアニオタ感は、何気に漂っていますね、笑

それでも、ヘタレな私から見たら、
厳しくみえるテラさんのブログは、
あまり魅力的ではありませんでした。

でも会ってみると…。

テラさん、尾木ママっぽい!
(…ちなみに、私の人に関する印象は、当てにならないそうです、汗)
顔じゃなくて、関西のイントネーションと声質が、なんですが。

あと、観客を笑わそうと、アニメネタ(おもにエヴァ)を、むりくり持ちだし、
マニアックすぎると黒斎さんに引かれてしまう様子…。

面白い!
たとえ、ブログで厳しい事を書いてても、
尾木ママなら許せるな…
(←なんなんだ、この価値判断はっ)

また、テラさんは、牧師さんだそうですが、
たしかに説教をしたら面白そうだな、と感じました。

でも、さすがにアニメネタは、説教でやるまい…。


……とか言って、やるのだろうか??爆
(ある意味見たい…)


さて、テラさんは、牧師さんだけあって、
キリスト教の知識をいっぱい持っているのが魅力でした。

私も、子供のころ、日曜教会に通っていたので、
旧約聖書の神には、いろんな疑問があったのです。

子供の時の神への疑問 ■依存するか楽しむか。■

今回でいえば、
旧約聖書のヨブ記の解釈について語っているのも、面白かったですが…。

どちらかというと私は、
神が、信仰心が厚いヨブに対して、
なぜ過酷な試練を課したのかを、知りたかったです。

サタンと賭けなんかすんなよ、と子供心に思ったので。

仮に、神はヨブを愛してたとしても、ヨブの子供たちを殺してるもんな。
愛してるのはヨブだけで、子供たちの命なんか、どうでも良かったんだ…。

とにかく、旧約聖書の神は、おっかないです。

【すごく簡単なヨブ記の解説】

とても信心深いヨブという人がいて、神にとても愛されていた。
サタンが「ヨブが信心深いのは、彼が豊かだからだ。それを失えば信仰心を失うだろう」と指摘。
ではヨブの豊かさを奪って、彼の信仰心を試してみようということに。
サタンは、彼の財産を奪い、子供たちを皆殺しにし、皮膚病にする。
さすがに、神を讃えつづけていたヨブも最後には、ぶち切れて自分の生を呪うようになる。
そこに3人の友があらわれ、ヨブに非があったのではという、
もっともな正論でヨブを諭そうとする。

最後には、神があらわれ、ヨブも神に屈服の態度をとる。
神はヨブを罰するどころか、元の境遇にもどし、財産も二倍にした。
そして、なぜか友人たちには、罰を与えた。


ちなみに、テラさんは、
神の罰が、なぜ三人の友に下ったかを解説してました。

ヨブは心からの叫び、つまり魂からの本音を出したのに対し、
三人の友は、うわべの知識による説得しかしなかった。

友の言うことは正しいけれど、うわっつらだけの借り物の言葉であり、本音ではなかった。
だから、ヨブの心からの叫びには、応えられなかった。

ここから読み取れるメッセージは、
魂の声に耳を傾けて、どんなものでも出してみよう、ということ。
恥ずかしいとか、こう思うのは間違っているから、じゃなく
本当の自分の魂からの声に正直に生きよう、という事だそうです。


長くなったので、今日はここまでにします~。
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神々って何だろう??
エンジェライト球を、卵と勘違いして温めるイクメン、
♂オカメインコのポポちゃん。

知らない人には「ほっぺ、描いてるの?」と聞かれたりする、
オカメインコのほっぺですが、これは素の色です。
まさに「おかめ」顔です。

popo-angel.gif

ちなみに、日の丸ほっぺのちょうど真ん中に、耳の穴があります。

インコ類はだいたい皆、
頭や顔を撫でたり、掻かれたりするのが大好きですが…。

鼻を掻かれると、くしゃみが出ます。
耳を掻かれると、あくびが連発します。

しかし、これはトップシークレット!!

これを知った人は、インコの弱点を握る者とされ、
秘密結社オカメインコ団に、命を狙われます。

ま、羽虫にさえビビる、ビビりなオカメに狙われても、
どうってこと無いんですがね…。



さて。
ポポちゃん温めるこの玉は今、諏訪湖の水の中です。

春分の昨日、ご縁があって参加させていただいた神事で、
沈めさせていただきました。

さようなら~、
私のエンジェライトくん。(´д`)/~~~


あの玉には、和合、平和への願いがこめられています。
アンド、独身オスオカメの、
卵を思う、切ない気持ちも加算されました~。(^_^;)

だから、これからはオカメインコにとっても、
諏訪湖は聖地になるでしょう、たぶん…。(^_^;)ホントカ?



今回、神事に参加させていただいて、ちょっと考えてしまいました。
神ってなんだろう、って。

それは、ワンネスや根源のエネルギーとしての神でなく…。

この世界に現象としてあらわれる神、
私たち同様、個として現れる神の事です。

人間同様、個性があり、制限があり、願いや感情を持ち、
人間と契約し、願いを叶えたり罰を与える神…。

それって、どういう立ち位置なんだろう…。

そう思うのは、神に対して、私に畏れがあるからなんだけど。

神は、パワーはあって、人の願いも聞くけど、要求もする。
それに、祭られた場所を動けない等の制限もある。
そういうのを聞いて、それって、いったい何?って。



「すべてはワンネス。そして、私こそ神であり、宇宙の中心である」

そういう、究極のレベルから見たら
「私という意識に、個性や、制限や、願いや感情がある」から、
そのような世界(幻想)を、外部に投影したのだ、となるでしょう。

つまり「分離」というゲームを超えた視点から見たら、です。
全部が、マーヤ(幻想)という視点なら…。

でも、もちろん私には、そこまで高い視点はない。
ゲームが、リアルな現実なわけです。

だから、このゲーム内(現実)の話として、
神々はどのような立場か、って考えてしまうのです。

それが分かれば、この次元での、制限や生き辛さを
解除することが出来るんじゃないかな、なんて思ったりして…。

だから、知識として知りたい~!


……。
でも、そうだ。
ロシレム(水晶)には、こう言われてるんだっけ。

「考えすぎる、そんなに考えなくていい、ただ感じなさい」て。(kunikoさん通訳)

ちなみに、黒斎さんもこう言ってましたっけ。

「知らなくていいんです、自我が知りたいと思っているだけです。
悟ってわかるのは、自分が何も知らなかったって事です。
その時には、知らないって気持ちいいー!!って思います。」

そう言われてもな…。

あ、そうだ、黒斎さん、こうも言ってたなぁ…。

「僕らの知っている愛っていうのは、全部取引です。
本当の愛を知っている人はいない。
僕らが言っている愛だの何だのっていうのは、
『自我にとって良い状態でありたい』っていう要求からの取引でしかない。
例えば、家族間の愛すらもそう。
子供に、こういう子だったらいい、
って思うのは、やっぱり無償の愛じゃなく、取引だから。」

ああ、自我にとって、
無償の愛は理解できないのか。

だから、外部の神に対しても、無償ではなく、
「等価交換」の神としてでしか、思い描けないってこと?

…うーむ。(~_~;)
とりあえず、今は、分からないままにしておこう…。


最後に。
今回、神事に参加させていただいた皆さま、
本当に有難うございます。m(_ _)m

とても貴重な体験ができました。

準備の禊では、出来てる実感がなくてヒヤヒヤでしたが、
当日は、遠足みたいで、すごく楽しかったです。
(私が何も感じないたちで、能天気だったからだけどっ、汗)

特に、全ての準備&段取りをしてくれたkunikoさん、
葉室頼昭宮司の大祓のCDを、皆に下さったdekoさんとdekoさんのお母様、
いろんな情報を降ろしてくれたユカリさんには、感謝します。

その他3名の皆さまも、いろいろ教えて下さり、
本当に有難うございました!(^_^)
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どうでもいい話
今日、石の球を前に、うちのオカメインコがじたばたしていました。
その石は、インコの肩ほどの高さがある、大きなエンジェライトの玉。
それに、胸を押しつけて、足をじたばた。

……玉乗りがしたいのか??


……。

いや(^_^;)
どうも、お腹に入れたいようだ…。
卵と勘違いしているらしい。

なぜか突然、父性(オスです、汗)に目覚めたらしく、
おっきな玉に、果敢に挑戦していました。

でも…。
明らかに、股下が足りてない。 (-_-;)

なので、うずらの卵大の石に、代えてあげたら、
うまいこと納まりました、めでたしめでたし。(*^。^*)

しかし、一人身のオスでも、卵を温めたいのね。
こんなの、はじめてみたよ…。

鳥業界にも、イクメンの波、到来か??


~・~・~・~


毎年、味噌作りしています。

味噌作りが好きなわけでない…。
&、みそスープが、取り立てて好きなわけでない…。

まさに惰性で、作っているだけっ!

どーいうことかと言うと、
去年の味噌をちょこっと混ぜる(酵母を引き継ぐ意味。でもやらなくても良い)ので、
酵母種を途絶えさせるのが嫌だというだけ。

まぁ、味噌作りなんて、大豆を煮て、つぶし、
塩を入れた麹を混ぜ込むだけで、簡単ではあるんだけど…。

一キロの豆つぶすの、めんどうで、めんどうでっ!
ポテトマッシャーで、ちびちびやっていたのが悪いのですが…。

思い立って、今回、バーミックス(ハンディ・フードプロセッサー)で、つぶしてみたら…。

そしたら…、ちょう簡単なんです、ちょう!!(@_@)メウロコデス

今までの長年の苦労はなんだったのか、と思うと…。
逆にがっくり。

ポテトマッシャーで味噌作りしているそこのあなたっ、
文明の利器を使わないと損ですわよっ!
(いや、普通はフードプロセッサーを使ってると思われ…)


~・~・~・~


「ルースワイヤーで、ペンダントを作る」

意外にも24拍手も頂き、好評でした!
ビックリ&押してくれた方、有難うです!m(_ _)m

もしかしたら、私のブログの中で、一番好評なんだろうか、どうだろう?
嬉しいような悲しいような…笑


さて、この後、同じくニルヴァーナストーンで、
華麗なデザインのワイヤーアートのペンダント作りを習いました。

これも、ブログに乗せたいけれど…。

作り方が複雑すぎて、うまく解説できるか不安です!
すっごく時間ができた時にでも、アップ出来たらなぁ、とは思うのですが…。


それにさ、ちょっと華麗すぎるデザインって、
普段使いできるペンダントじゃないよね?

kunikoさんのストーンリーディングの時、そういう話をしたら、
「石は、シンプルなデザインより、豪華な感じの方が喜ぶみたい」ですと。

ちなみに… ■kunikoさんのブログ ガブリエルの導き■ 
■kunikoさんのストーンリーディング■


で、私の巻いたレモンクォーツも、華麗なデザインで喜んでいるとか…。
でも、私好みではないの…(^_^;)


kunikoさんの所には、シンプル巻きのペンダントがあって、素敵なんです。
でも、これも、kunikoさんの好みであって、
石たちは、もっと豪華な方が、喜ぶらしい…。

さてこの時、意外にも、雪ちゃんがすっごい石だと判明しました。
私の持っている石の中で、一番の大物かもしれませぬ。

ちなみに… ■雪ちゃんの話■

よく、ロシレムとかには、レコードキーパーと呼ばれる模様があって、
そこから叡智や情報につながれるっていう話なんだけど。

それを、ほんとかよ、と思っていたの。(わたしが、読めないからヨッ!)

が、雪ちゃんを読むkunikoさんからは、
レムリア時代にヒーリングツールとして使われてた情報だったり、
ミネラルキングダム(?)の話だったり、
色んな情報がぞくぞく!

まじで、情報がダウンロード出来るんだなと、かんど~!

なるほど、バーコードリーダー搭載の人なら、
バーコード(クリスタル)から情報が読み取れる訳か…。

おーい、だれか私に、
バーコードリーダーというアプリをインストールしてくれっ!


~・~・~・~


そうだっ
エネルギーバンパイアの記事で書き忘れたことがありました~。

エネルギーって取りやすい人、取られにくい人がいるみたいで。

簡単にいうと、コントロールされやすい人、されにくい人って事ですが(^_^;)。

人を気遣ったり、合わせようとしたり、
気がきく人は、やっぱり取られやすいですよね~(^_^;)

相手に合わせようとするから、相手の意に沿った行動をとろうとする…。
エネルギーが欲しいの?んじゃあ、あげましょうってな感じ。

そう思うと、日本人って、取られやすい気質ですよね…。
だから、集団行動が得意なのかな?

もちろん、そうでない人もいて。
うちの会社にも、取られにくい人がいます。
自分の意思が強く、好きな仕事しかしなくて、社長の意思にも屈しない人。

だから、エネルギーも取りにくいらしく、社長に睨まれてる…。
思い通りに動かないし、残業とかもしないから、笑。

エネルギーを取られるか、
怒りのエネルギーを浴びるか…。

究極の選択だけど、私は小心者だから、前者になってしまってます(^_^;)
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エネルギーバンパイア
この間の日曜日は、東京はすっごい砂嵐でしたね!
街中が、セピア色に染まって、世紀末かと思いましたヨ!
(世紀末は13年前に終わってる、という突っ込みはなしで…(^_^;) )

その日、テラさんと黒斎さんのコラボ講演に行ってきました!

電車で、都心に向かう道すがら、またたく間にセピア色になったものだから、
都心だけ砂嵐なんだと思い込んでました~。



さて…。
ちょっと前ですが、ショックなことがありました。

小さな食品店のアルバイト店長である私。
月末処理と来月の準備等で、一時間ほど残業になりまして。

その時、なぜか店に、社長が飛び込んで来ましたが、特に何も言いません。

ちょうどあがるタイミングだったので「今上がります」と言うと、
社長は事務所の方に帰っていきます。

で、タイムカードを押しにいくと、なにやら待ち構えた様子の社長。

そして、我慢しようして、でも我慢出来ないのか、怒りをにじませてこう言いました。
「月末処理ってそんなにかかるの?!」

お金に細かいとは聞いていましたが、びっくり!
あまりの語気が強さから「給料泥棒!」と言われた気さえしました。



ちなみに…。

この会社の本業は建築関係で、
新規分野として、私が働いている食品店があります。

なので、社長は、食品店経営のことはまるで知りません。
加えて、社長は先代から仕事を継いだお坊ちゃんで、世間知らずという噂でした。

(この間も「今の倍の売り上げが欲しい。売り上げが倍でも、
忙しさは今と変わらないだろう?」と本気で聞かれました、汗。 …んなわけあるかいっ!)

また、お金に相当シビアなことと、
個人の動きをするどく監視していることは、噂で聞いていました。

だから、私が毎日、一時間の昼休憩すら取れずに働いて、
でも仕事が終わらないから残業をすることを、ある程度わかっていたと思うのですが…。

それよりも、微々たる残業代が我慢出来なくなったようです。

たしかに、古くからのパートの一人は、
仕事を上がるずっと前に、タイムカードを押して、残業をしていました。

それより、ずっと仕事量の多い私は、
ある程度の残業は許されるのでは、と思っていましたが。

やはりそうでなく、タイムカードを押してから、
残業しろ、と言いたかったのかもしれません…。



とにかく、誰がどんなに頑張っているか、関係ない。
ただ、お金というエネルギーが出て行くことがゆるせない。

社長の内面にある、深い欠乏感を感じました。

満足感がないために、
頑張っている人へ思いやりを持つことさえ、出来ない様子でした。

ただ、欠乏感があるといっても、
実際に、社長はお金に困った事はないらしく…。

「会社にはお金は無いけど、家にはいっぱいお金がある。」
経理の人はそういいます。

裕福でも、深い欠乏感があるんだなぁ。



さて…。

社長には、感謝がなく、むしろ残業をする私に敵意がある。
そう、わかると、どっと疲れました。
まるで、エネルギーを吸い取られた感じです。

そういや、建築の方でも、社員の仕事は半端じゃないって、
スタッフが愚痴をこぼしていました。

みんなクタクタなんだ…。
わかるなぁ、それってエネルギーを取られているんだよ。

この会社がエコ的なことをうたっていた事は、
さらに私をがっかりさせました。

はじめは、それを良いなぁ、と思っていたのですが。

しかし、もはや、欠乏感の強い人が、
自然環境や顧客の為を思いやるなんて、出来ない事に気付いてしまいました。



エネルギーは、上から下へ流れるものです。
当然、会社のカラーは、トップである社長のカラーになります。

トップの気が強く影響するのですから、
社員の志がいくら高くても、
知らず知らずのうちに、トップのエネルギーに染まってしまうものです。

私は、環境や周りの為に働きたいと思っていたから、
それがすごくショックでした。

自分がそのエネルギーに染まるのも嫌だし、
なにより自分の事しか考えないようなトップを、支えたいと思えなかったのです。



今回、何が言いたかったかと言うと…。
愚痴です!<(`^´)>エッヘン

いや違います、
感謝のもつエネルギーの強さです。

もし、社長が
「有難う、頑張ってるのは知っているよ、
でもなるべく残業にならないでね」と言ってくれたら、
ここまで、がっくりすることは無かったでしょう。

やはり、感謝はエネルギーなんだ。
物理的に作用する!


だからこそ、欠乏感のある人は、感謝が出来ない。
エネルギーが出て行ってしまうから、物理的に失われるから。


……
そうか…。

私たち人間も、同じようなことを自然環境や地球にしていたんだ!
人類は、地球のエネルギーを吸い取る一方だったんだ。

なぜ、地球に感謝が出来なかったといえば、欠乏感のためだったんだ。
もっと、もっと、もっと!だったからなんだ!

もし、かつての人類やネイティブのように、
分け与えられた作物や恵みに感謝していたら、
地球はここまで疲弊することは無かっただろう。

エネルギーは取られても、感謝として与えられ、循環していたはずだ。

感謝の欠乏が、人類をバンパイアにしていたのだ。
なるほど!
そう納得したのです。やっぱり感謝って大切ですね!


※ また、違う面からみると、感謝自体が豊かさに対する気づきなわけです。
「自分は豊かである」という意識は、さらなる豊かさを引き寄せる。
だから、地球も豊かで在り続けられた。

しかし、人類は「足りない」ばかりフォーカスしていたから、
自然環境が悪化し、さらなる欠乏感が現実化した、とも言えるかもしれません。
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朽ちるものを土台にすれば…
ごめんなさい~、忙しくて、なかなか更新できずにいました~。(´_`;ゞ

猫が歩いているのを見ると、
つい鳴きまねをしてしまう、よっし~です、みなさま、いかがお過ごしでしょうか?

しかし、あれですね…。

猫はどうして、人間が鳴きまねしてる事に、気付けないんでしょうか?
「他の猫はどこどこっ?」と探しまくる様子が、おばかちゃん可愛いです。

一方、犬にこれをやると、
すぐに見抜いて、怪しいやつ!と吠えてきます。

この両者の違いは不思議です~、ほんと!
皆さんも、興味があったら、試してみて下さい♪

(よっし~は、変態じゃありませんよ~、人目を忍んでやってるし。
…って言い訳にならないな、汗)



さて、読者の方から、情報をいただきました。
有難うございます。(^_^)

この方は、フルフィルメント瞑想の伝授を受けているそうです。

そして、フルフィルメント瞑想教師が書いたブログを読み、
大きなショックを受けられたそうです。
そして、現実に引き戻されたとありました。

その教師の方は、今は辞められたそうなので、
元教師さんと呼ばせていただきます。



ブログで、元教師さんは、こういう趣旨の告白されていました。

誰でも悟れるなんて嘘をついていた、ごめんなさい、スピ界は汚い。
悟ってないものが瞑想を教えるなんておかしい、と。

具体的にどんな事があったかまでは書かれていないので、
何に傷ついたとか、どう騙されたまでは分からないけれど…。

精神世界に裏切られたし、裏切る側でもあった、という内容の文章でした。



この元フルフィルメント瞑想教師さんの、
周りを思う気持ちは素晴らしいです。
また、そこから出た辞めるという決断も尊いと思います。

どのような行為であれ、思いやりや愛情から出たものは素晴らしいと思います。

「どのような行為であれ…」と、なぜ書いたかというと、
物事や行為自体は、すべて中立だからです。

良いとも悪いとも言えない。

つまり、フルフィルメント瞑想はもちろん、スピ業界というものでさえ、
それ自体に「良し、悪し」がある訳でない、ということです。

悟ってるか否かでさえ、善悪があるわけではないのと同様です。



さて…。
以前、私は、精神世界の真偽を、
やっきになって見極めようとしていた時がありました。

結局、それは出来ない、と気付いて今はあきらめましたが。(;´◇`)アチャー

そんな葛藤ばかりしていた、昔のことです。

その時、精神世界の情報は、今ほど氾濫していませんでした。

ネットも当然なく、
書店のジャンルにも「精神世界」は、無かったと思います。

そのころ「理性のゆらぎ」や「アガスティアの葉」という本が
ベストセラーになりました。

両書とも、東大出の学者である、青山圭秀氏が書いた本です。

それには、サイババの超能力は本物であるということや、
数千年前に書かれた文書「アガスティアの葉」に、
現在の自分の運命が載っていたという、驚愕の事実が書かれていました。

まだ、オウム事件が発覚する前でしたので、
高学歴の人も精神世界に傾倒して、理性を無くす事がある、という印象を
世間は持っていませんでした。

だから、高学歴の人が超能力や超自然を肯定したことに、
驚愕と、強い説得力があったのです。

こんな学者さんが言うなら、正しいに違いない!

世間が思ったのと同様、私もそう考えました。

もちろん「運命が何千年も前から、決まってるなんて、変だし嫌だなぁ」と思いまし
たけど…。

で、しばらくして…。

あれっと思ったのは、後に
「アガスティアの葉の秘密」をいう本を読んでからです。

これは、別のお二方の共著です。
「アガスティアの葉」を読んで、感銘を受けた二人が、
喜び勇んで、自分たちの「アガスティアの葉」を探しにいきます。

しかし、分かったのは、「アガスティアの葉」は、
単にインドのビジネスにすぎず、
占星術を使った巧妙な騙しにすぎなかったということ…。

著者の一人は占星術師で、もう一人も精神世界の知識のある人。

信じて行ったのに、結果として騙されていたことが次々と分かり、
失望する様子に、反論の余地のない説得力がありました。

それはもう、青山氏なんて、たやすくすっとぶ説得力。

もう、なにを信じていいのか分からなくなり…
とはいえ、青山氏に代わり「アガスティアの葉の秘密」を信じている訳です…。(^_^;)


その後。

ある時「アガスティアの葉の秘密」の著者の一人のウェブページを、覗いてみました。

そしたら、その方のページの掲示板が、とても荒れていました。
本とはまったく別件の事で、でしたが。(^_^;)


また、ある時の話です…。

実在の霊能者をモデルにした、あるマンガがありました。
面白いし、能力もあるし、かっこいいし、
人格的にも信頼できると思っていた霊能者。

その人物が、自身のウェブページを開くことになりました。
初めは絶賛とともに迎え入れていた、ファンの人たち。

しかし、しばらくすると、その霊能者の書きこみから、
どうも皆が思っていた人物像でないことが分かりはじめます。

読者は、しだいに霊能者を叩くようになり、
結局、ページは閉じられるはめになりました。



何が言いたいかというと、それらを見て、
なんとなく裏切られた、という感覚が私の中に出てきたのです。

騙されてもいないのに!

つまり、私が、彼らを勝手に美化し、
人格者であるべき、というレッテルを張っていたのです。

勝手に思い込み、そうでなかったから、失望していただけなのです。

そういうことを幾度か繰り返して、
やっと、外部の人物やメソッドに、過度に頼ることを、やめられたのだと思います。

たぶん、誰もが通る道なのだと思います、スピ系に限らず…ね。



人物、もしくは、メソッドやスキルに、
完璧を求めていれば、失望する時が必ず来ます。

なぜなら、全ては諸行無常、
全て変化し、始まったものは終わってしまうからです。

「完璧とは、頂点を極めること(キープ、静止状態)」と私たちは考えます。

だとすれば、その完璧さは、想像上のものであって、現実にはあり得ません。
なぜなら、全ては移り変わるからです。

宗教であれ、メソッドであれ、人間であれ、変化する。

だから、それらに完璧さを見出しても、
それらは、ずっと同じ状態を、保ち続けはしません。

ならば、ある時、良かったからといって、
なぜ以後もずっと、しがみつかなくてはいけないのか?

次の瞬間には、悪くなっているのかもしれないのに?



この元教師さんはなぜ、失望したのでしょう?

精神世界、もしくはFF瞑想を、
揺るぎのない正しいものとし、それを生きる土台をしたからです。

崩れ落ちるものの上に立てば、
いつかは、自分も一緒に崩れる時がくるでしょう。

それは、自分の外にあるものを神と崇めたてた結果です。

それは悪いことではなく「土台にするものが間違っているよ」という、悟しでもあります。



さらにもう一つ、思ったのですが。

なぜ悟っていない人が、瞑想を教えてはいけないのでしょう?

ていうか、そもそも、悟りって何でしょう?

悟りを求めている私がいうのも、変ですが、
悟りの定義自体、まったく人それぞれで、一貫していません。

神、悟り、真理といった、目に見えないものは、
本当に、人の数だけ定義がある気がします…(^_^;)

その定義を、はっきりさせた上で、
「悟っていないと瞑想を教えてはいけない」という思い込みをなぜ持っているか、見抜くことは大事です。

それにより、自分にどのような欲望、信念が、隠されているかを、
見極めることが出来るからです。

これは、今ある信念「悟ったものが瞑想を教えるべき」を、
「悟らない者も教えるべき」という、別の信念と置き換えろ、という事ではありません。

それでは、盲目的に従うという意味で、全く同じです。

どうしてそのような信念があるのか?
そして、それを持ち続ける事は、自分の幸福に繋がるのか?
それを探る、地道な検証作業です。

それをすることで、無意識を意識化し、
不要な信念を、やっと捨てることができるのです。



もし私が、悟ったものが瞑想を教えるべきと思っていたら、
やはり、失望したと思います。

FF瞑想教師の中に、阿部さんに嫉妬している人がいたため、
教師は人格者でないことは、たやすく想像できたからです。

また、瞑想創始者のボブさんについても、
私はあまり興味がないこともあって、悟っているかは知りません。

しかし、噂だけ聞いても、
やはり彼は彼で、人生のドラマがあるようです。
やっぱり人間だなぁ、という感じです。



さて、なぜ、私は伝授を受けたのでしょう。

それはやはり、黒斎さんが推すものに興味があったからです。

ただ、単にやりたかったのです。
やらないままだったら、どんなものなのかと考え続けてしまうからです。

もし「これが正しいからやる。幸福になるからやる」という理由でやったとしたら、
「正しくなくなった、幸福にならなかった」とき、恨みや失望が出るでしょう。

そして、それは、いつか必ずきます。



しかし、喜び、好奇心から出た行動は、
それがのちに、間違いだったと気付いたとしても、
恨み、失望には結び付きません。

なぜなら、行動自体が目的だからです。

間違っていたら、いたらでいいじゃないですか。(^_^)
笑ってさよならを言えばいいだけの事です。

それが出来ず、別れるさい、恨みや苦痛が残るとしたら、
自分が、多大すぎる評価や期待をしていた、と気づくサインです。

それを自分自身の礎とし、神のように崇めていたのです。



もし、あることに、強い苦痛があるとして、
それでも今、それにしがみつき、頑張っていたとしたら…。

それは、未来に得れるものを期待しているからです。

将来、得れるという期待があれば、今を捨てることができます。

それ自体は、悪いことではありませんが、
得られなかったときに恨みが出るのは確実です。
騙された、と。

ようは「今」を楽しんで無かった。
「いまここ」を失って、未来や過去にさすらっていた。

もし「いまここ」で全ての人が生きはじめたら、
「未来の悟り」や「未来の幸福」は、失われるでしょう。

しかし「裏切られた、騙された」も無くなるに違いありません。



またも、ミスチルの歌で、恐縮ですが…。

「もっと」
どんな理不尽もコメディに見えてくるまで、
大きいハート持てるといいな
もっと、もっと、もっと


宗教や瞑想、苦痛でさえ、コメディだったと笑い飛ばせる日がきたら…。
きっと、もっと軽くて、
争いのない(自身の中の葛藤を含め)、世界が来るのだと思います。

もっともっと、生きることが軽くなると、いいですね~。
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